ロシアとの「千羽鶴外交」を模索できず
日本国内で変化した千羽鶴の意味

 プーチン大統領はロシアを守るためには核の使用も辞さないと述べて、世界中に衝撃を与えた。

 これに真っ向から抗議をして、平和の象徴である千羽鶴を用いてロシアを説き伏せる国として、国際社会に期待されていたのが唯一の被爆国である日本だった。

 なぜなら、岸田文雄首相は、被爆地・広島の選出であり、これまでも「核なき世界」を訴え、一般社団法人千羽鶴未来プロジェクトの会員も務めているからだ。

 例えば、ロシア大使館に大量の千羽鶴を送りつけて、「これをプーチン大統領に渡して、禎子さんの千羽鶴の逸話を思い出してほしい」とメッセージを出してもよかった。西側諸国の真似をして、ロシア大使を国外追放して「やってやったぜ」と満足して終わるのではなく、ウクライナに人道支援を続けながら、粘り強くロシアに核兵器の使用を控えることを訴えて、休戦と対話を求めていくという日本独自の「千羽鶴外交」という道もあったのである。

 個人的にはこちらの方が、ウクライナの「感謝国リスト」に入れてもらえたのではないかと思っている。

 大して効果のない経済制裁で、対立をあおって戦争を長期化させるよりも、戦争終結へ向けて、日本は自国の意志で動くことができる国だということを、ウクライナにはもちろん、国際社会に強く印象づけることができるからだ。

 ただ、残念ながらもう日本は西側諸国側についているので、ロシアと「対話」できる立場ではない。アメリカ様とNATOがウクライナに兵器を提供して、ロシアとの戦いを継続していく以上、日本もとことんお供をしていくしかない。

 国際社会に「核なき世界」を80年訴えてきた被爆国が、核保有国を武力で追いつめていく、というなんとも皮肉なことになっているのだ。これは日本人の中で「千羽鶴」の持つ意味が変わってきたことが大きいと思っている。

「核の恐ろしさ」を訴えていた千羽鶴は、いつの間にやら「必勝成就」という真逆の意味をもってそれが主流になってきた。きっかけの一つが、高校野球。甲子園を目指すナインのため、女子マネージャーが予選にひとつでも生き残れるようにと願をかけて千羽鶴を折った。

 こういうことを言うと、高校野球ファンに怒られるが、やっていることは戦時中、銃後の女性たちの間で大ブームとなった「千人針」とまったく同じではないか。これは戦場で弾をよけて、生きて帰ってこれるようにと願いを込めて、千人の女性が一針ずつ縫う白木綿の布のことだ。千羽鶴は、「球児たちに甲子園まで生き延びてほしい」と願う、女子マネージャーたちの「千人針」なのだ。

 こういう「思い」を日本では何よりも尊いものだと考えてきた。だから高校野球では、負けたチームが勝ったチームに千羽鶴を渡していくという奇妙な風習が生まれた。近年は相手チームが迷惑だということで禁止されることも多くなった。被災地で迷惑がられる千羽鶴もこれと同じ構造である。

 相手の事情よりも自分たちの「思い」を大切にしろ、とやけに押し付けがましいところなど、日本のウクライナ支援とも見事に重なる。そろそろ自己満足的な“千羽鶴カルチャー”を見直すべきではないか。

(ノンフィクションライター 窪田順生)