「静かで控えめ」は賢者の戦略──。そう説くのは、台湾出身、超内向型でありながら超外向型社会アメリカで成功を収めたジル・チャンだ。同氏による世界的ベストセラー『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著、神崎朗子訳)は、聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼など、内向的な人が持つ特有の能力の秘密を解き明かしている。騒がしい世の中で静かな人がその潜在能力を最大限に発揮する方法とは? 本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。
「目立つ社員」ばかりが気に入られる
目立った存在になるのは、内向型がもっとも苦手で、望まないことのひとつだ。
とはいえ、私は何度も心のなかで、こんなふうに思ったことがある。
「だけど上司が気に入るのって、目立つ社員(スーパースター)ばっかり!」
ひょっとして、あなたもそう感じているだろうか?
スポーツの世界は、さまざまな選手のパフォーマンスを比較しやすいところだ。ベストセラーのスポーツ書『マネー・ボール』や『ブラインド・サイド』の著者、マイケル・ルイスによれば、スター選手というのは、必ずしももっとも得点力のある選手ではない。
スコアボードを見る限り、スター選手がいちばん多く得点を稼いでいるように見えるが、注意深く見れば、スター選手による得点が多いのは、彼らにシュートのチャンスが集まっているからだとわかる。
スポーツ界のレジェンドは、多くの場合、他人の犠牲の上に成り立っている。
たとえば、2010年、全米プロバスケットボール協会(NBA)のチームであるマイアミ・ヒートには、ドウェイン・ウェイドというスター選手がいたが、チームはさらに、レブロン・ジェームズとクリス・ボッシュというふたりのスター選手と契約した。
契約記者会見において、ジェームズは勝ち誇ったように「7連覇を目指す」と豪語した。
ところが実際には、1期目から優勝を逃してしまった。
このことは、まさにルイスのつぎの発言を裏付けている。
「スタープレーヤーは過大評価され、ロールプレーヤー(補助的な役割の選手)は過小評価されている」
貢献は「数字」に表れるとは限らない
翌年、多くのファンがマイアミ・ヒートに失望していたころ、目立たない存在だったシェーン・バティエに光が当たり、スター選手が勢ぞろいしながらも優勝を逃したこのチームに加わった。
バティエの参戦は、絶大な効果をもたらした。
マイアミ・ヒートは2年連続優勝を果たし、NBA史上2番目に長い、27連勝まで達成したのだ。その活躍によって、バティエは「ノー・スタッツ・オールスター」(数字には表れないスター選手)と称されるようになった。
その年、当時の現役スタープレーヤー、レブロン・ジェームズは、よく試合前にバティエに意見を求めていた。重要な試合では、ファンたちまでが観客席からコーチに向かって「バティエを出せ! バティエが引っ込んだままで、どうやって勝つんだ!」と叫んでいた。
バティエは引退後もマイアミ・ヒートに再雇用され、バスケットボール開発・分析部門のバイスプレジデントに就任している。
幼いころ、バティエは野球選手になることを夢見ていたが、背が高すぎたため、学校のバスケットボールチームに引き抜かれた。やがてNBA入りを果たした彼は、世界でもっとも競争の激しいバスケットボールリーグで、プロ選手として14年のキャリアを積んだ。
NBAに抜擢されてまもなく、バティエは自分のスキルセットや才能や体格が、他の選手たちとは大きく異なることに気づいた。そして、「自分の仕事は最高のスモールフォワードになることではなく、もっとも役に立つ存在になることだ」と考えるようになった。
バティエは自分のことを平凡で平均的だと思っていたが、コーチ陣は彼のことを「まるで宇宙人並みに頭脳明晰で冷静沈着」だと思っていた。
やがて、コーチ陣はバティエが出場した各試合を分析するなかで、バティエがコートに出ているときに、各選手のシュート率や得点率が格段に高くなっていることを発見した。
ディフェンスに関しては、コービー・ブライアントをつねにブロックすることはできなかったが、バティエがプレーしているあいだは、ブライアントの得点率は明らかに低くなっていた。
そんなバティエの資質は、成功するチームの原則を見事に証明している。脚光を浴びるひとりの選手よりも、チームの役に立とうとする選手たちのほうがはるかに価値があり、それがチームの最大の財産であることを。
「謙虚な人」がいいチームを生む
組織心理学者のアダム・グラントは、わずか28歳にしてペンシルべニア大学ウォートン校の最年少終身教授としての地位を確立しており、数々のベストセラーの著者でもある。また、さまざまな大企業のコンサルタントとして長年にわたって活躍しているほか、世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ」や、経営思想家ベスト50(Thinkers50)にも選ばれている。
彼自身がスーパースターだと言えるが、もし彼にたずねたら、「オールスターチームなど存在しない」と答えるだろう。
ワールドカップを目指すサッカーチームであろうと、世界的に知名度を高めるべくマーケティングに力を入れているNBAチームであろうと、一瞬にして数十万ドルを稼ぎ出すウォールストリートのコンサルティング会社であろうと、グラントが言っているのはこういうことだ。「もしチームのメンバーが全員スターだったら、失敗するに決まっている」
脚光を浴びている者が、真の影響力をもたらすとは限らない。
周囲からあまり注目されず、目立たない静かな人でも、チームに不可欠な役割を果たすことができるのだ。
グラントは、成功するための重要な資質を挙げている──それは、謙虚さだ。
謙虚な人にはつぎの3つの特徴がある。
・「自分の弱点」や「自分に欠けているもの」を知っている。
・個人の利益よりも「チームの利益」を優先する。
・つねに「勉強」と「練習」を怠らない。
内向型の人はもともと控えめで腰が低く、集団を大切にするなど、職場で必要な資質をもちあわせている。
このような資質はチーム全体の雰囲気に影響を与え、伝染していくところに価値がある。
誰かの思いやりや利他的な行動を目の当たりにすると、人は胸を打たれたり、憧れたり、自分も見習おうと思ったりする。
つまり、バティエのようなメンバーがひとりいれば、チーム全体のパフォーマンスが向上するだけでなく、チームの雰囲気が和やかになり、メンバー同士が助け合うようになるのだ。
その一例が、恵まれない環境にありながら、全米大学体育協会(NCAA)のチャンピオンシップに2年連続で出場を果たしたバスケットボールチーム、バトラー・ブルドッグスだ。
バトラー大学が厳選して採用した選手たちは、第一の鉄則「チームプレーヤーであること」を順守しなければならない。「自分よりチームを優先」というキャッチフレーズは全員が唱えるだけでなく、ユニフォームのジャージにもプリントされ、バトラー大学の体育館の壁にも刻まれている。
このバトラー流のやり方についていけない、あるいは賛同できない選手は、基本的にはチームを去るしかない。
じつは「費用対効果」が低かった
では、「上司はスーパースターばかりを好む」という話に戻ろう。
ここで注目したいのは、大金が動き、数百万ドルの契約話がもちかけられる業界──メジャーリーグだ。
2014年、マイアミ・マーリンズがジャンカルロ・スタントンと天文学的な金額で契約を結んだことが話題になった。ところがそのわずか3年後、メジャーリーグに大きな変化が起こった。どの球団も、スター選手との契約に巨額の費用を支払うことを望まなくなったのだ。
契約金の相場は極端に落ち込み、高値の交渉に失敗した大物選手は、年俸を下げるか、退団を余儀なくされた。その結果、多くの一流選手たちが所属チームを見つけることができなくなった。
スポーツライターであり、大手マーケティング会社のビジネス分析担当シニア・バイスプレジデントを務めるファン・ズーハンは、こうした報酬体系の変化のおもな理由を突きとめた。
各チームがあらゆる選手関連データの統計解析を行ったところ、スタープレーヤーとの巨額の契約は、ロールプレーヤーとの契約にくらべて費用対効果が低いことがわかったのだ。
これはメジャーリーグだけの話ではなく、他の業界でも同じような傾向が見られる。
ウォールストリートやシリコンバレーでも、ビジネスのスーパースターという神がかった存在への信仰が薄れてきた。目標と業績評価を精査することで、プレーヤーが現実的な成果として、チーム全体にどれだけ貢献しているかが見えてきたのだ。
もはやデータに裏付けされていない、スター的な特徴や後光効果では、「登録選手枠」に残れなくなってしまった。
これは、内向型にとっては朗報だ。静かな人も、自分の強みを見つけ、得意分野や特徴を生かし、自分の長所を前面に出して貢献すれば、チームにとって不可欠な存在になり、道を切り拓くことができるのだ。
(本原稿は、ジル・チャン著『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』からの抜粋です)
ミネソタ大学大学院修士課程修了、ハーバード大学、清華大学でリーダーシップ・プログラム修了。ハーバード・シード・フォー・ソーシャル・イノベーション、フェロー。アメリカの非営利団体でフィランソロピー・アドバイザーを務める。過去2年間で行ったスピーチは200回以上に及ぶ。15年以上にわたり、アメリカ州政府やメジャーリーグなど、さまざまな業界で活躍してきた。2018年、ガールズ・イン・テック台湾40アンダー40受賞。本書『「静かな人」の戦略書』は台湾でベストセラー1位となり、20週にわたりトップ10にランクイン、米ベレットコーラー社が28年の歴史で初めて翻訳刊行する作品となり、第23回Foreword INDIES「ブック・オブ・ザ・イヤー」特別賞に選出されるなど話題となっている。現在は母国の台湾・台北市に拠点を置きながら、内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発のため国際的に活躍している。 Photo: Wang Kai-Yun