猫はなぜ高いところから落ちても足から着地できるのか? 科学者は何百年も昔から、猫の宙返りに心惹かれ、物理、光学、数学、神経科学、ロボティクスなどのアプローチからその驚くべき謎を探究してきた。「ネコひねり問題」を解き明かすとともに、猫をめぐる科学者たちの真摯かつ愉快な研究エピソードの数々を紹介する『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』が発刊された。
養老孟司氏(解剖学者)「猫にまつわる挿話もとても面白い。苦手な人でも物理を勉強したくなるだろう。」、円城塔氏(作家)「夏目漱石がもし本書を読んでいたならば、『吾輩は猫である』作中の水島寒月は、「首縊りの力学」にならべて「ネコひねり問題」を講じただろう。」、吉川浩満氏(文筆家)「猫の宙返りから科学史が見える! こんな本ほかにある?」と絶賛された、本書の内容の一部を紹介します。

偉大な天文学者ハッブルの孤独を癒す…愛らしい黒猫との感動するはなし。Photo: Adobe Stock

銀河と黒猫

 猫は、一人の天文学者が宇宙の理解を広げる上でも、少なくとも精神的な面で助けになった。二十世紀に入るまで、太陽系を含む天の川銀河が宇宙のすべてであるとおおむね考えられていた。

 従来の望遠鏡で観測される星雲は、天の川銀河の中、またはすぐ外側に漂うガスの雲だと考えられていた。そんな中、第一次世界大戦から復員してケンブリッジ大学で一年間学んだアメリカ人天文学者のエドウィン・ハッブル(一八八九~一九五三)が、一九一九年、カリフォルニア州パサデナ近郊にあるウィルソン山天文台の所員となった。

ハッブルの大発見

 そして新たに完成した当時世界最大のフッカー望遠鏡を使って星雲を徹底的に観測し、天の川銀河の一部とみなすにしてはあまりにも遠くにあることを有無を言わさぬ形で証明した。ぼんやりしたそれらの星雲は、地球から驚くほど遠くにある銀河そのものだったのだ。

 ハッブルのこの発見は、一九二四年十一月二十三日に『ニューヨーク・タイムズ』紙で世界に公表された([1])。その瞬間、世界中の人々は、この宇宙がそれまで考えられていたよりも計り知れないほど広いことを知った。しかしその記事を読んでも宇宙の広大さは片鱗しかうかがい知れない。

 天空で渦巻く雲のように見える渦巻星雲が実は遠くにある恒星の集まり、「島宇宙」であるという考え方は、カーネギー財団ウィルソン山天文台のエドウィン・ハッブル博士がこの天文台の強力な望遠鏡を使っておこなった観測によって裏付けられた。

2兆個の銀河!

 天文台から財団への報告によると、渦巻星雲の数はとても多くて数百から数千に達し、その見かけの大きさも、恒星のように小さなものがある一方、天空で約三度の角度にわたっていて満月の直径のおよそ六倍に達する、アンドロメダ大星雲のようなものもあるという。

 それまでは天の川銀河が宇宙全体であると考えられていたため、この記事では「銀河」でなく「島宇宙」という言葉が使われている。現在の推計によると、観測可能な宇宙の中におよそ二兆個の銀河が存在するという。

 ハッブルによる天文学への大きな貢献は、この不朽の大発見だけではない。一九二九年に入念な観測によって、遠方の銀河が地球とのあいだの距離に比例するスピードで地球から遠ざかっていることを明らかにしたのだ。

「ハッブルの法則」と呼ばれているこの法則は、いまでは宇宙における距離を測定するための重要なツールとなっている。

毛むくじゃらの黒い子猫

 ハッブルは生涯にわたってウィルソン山天文台で研究に携わった。天文観測とは孤独なもので、夜遅くに何時間も星を見つめていなければならない。一九四六年、ハッブルと妻のグレースは毛むくじゃらの黒い子猫を飼いはじめた。

 すぐにエドウィンは、一五四三年に地球でなく太陽が太陽系の中心であると説いたポーランド人天文学者にちなんで、その猫をニコラス・コペルニクスと名付けた。

 コペルニクスはハッブル一家にかわいがられ、エドウィンは猫用の出入口を作ってあげた。「すべての猫に出入口を作ってあげるべきだ。猫たちの自尊心のために必要である([13])」。家のあちこちには、コペルニクスの大好きなおもちゃであるパイプ掃除具が転がっていた。

ゴロゴロしてるの?

 グレースが日記に記しているとおり、コペルニクスはエドウィンの研究をたびたび「手伝って」いた。「エドウィンが大きな机で研究に取り組んでいると、ニコラスがすまし顔で紙の上に寝そべって、覆える限りの紙を覆ってしまう。

『手伝ってくれているんだ』とエドウィンは言う。ニコラスはエドウィンの膝の上に乗ると、のどを鳴らす音を変える。ライオンのようにゆっくりとした音だ。

『ゴロゴロしてるの?』と聞くと、エドウィンは読んでいる本から視線を上げ、にっこりと笑ってうなずく([2])」。

 そんなエドウィンが一九四九年に心臓発作に襲われた。そして一九五三年に脳梗塞で息を引き取るとき、コペルニクスはその傍らに寄り添っていた。それから何ヵ月ものあいだ、飼い主が帰ってくるのを窓辺で待っていたという。

(本原稿は、グレゴリー・J・グバー著『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』〈水谷淳訳〉を抜粋・編集したものです)

【参考文献】
[1]“Finds Spiral Nebulae Are Stellar Systems; Dr. Hubbell Confirms View That They Are ‘Island Universes’ Similar to Our Own,” New York Times, November 23, 1924.
[2]Wehrey, “Hubble and Copernicus.”