猫はなぜ高いところから落ちても足から着地できるのか? 科学者は何百年も昔から、猫の宙返りに心惹かれ、物理、光学、数学、神経科学、ロボティクスなどのアプローチからその驚くべき謎を探究してきた。「ネコひねり問題」を解き明かすとともに、猫をめぐる科学者たちの真摯かつ愉快な研究エピソードの数々を紹介する『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』が発刊された。
養老孟司氏(解剖学者)「猫にまつわる挿話もとても面白い。苦手な人でも物理を勉強したくなるだろう。」、円城塔氏(作家)「夏目漱石がもし本書を読んでいたならば、『吾輩は猫である』作中の水島寒月は、「首縊りの力学」にならべて「ネコひねり問題」を講じただろう。」、吉川浩満氏(文筆家)「猫の宙返りから科学史が見える! こんな本ほかにある?」と絶賛された、本書の内容の一部を紹介します。
研究者と猫のすばらしい関係
歴史上大勢の科学者が猫ともっとずっと親しい関係を築いて、猫を実験助手や友達、ひらめきを与えてくれるもの、さらには論文の共著者として扱ってきたのだということを知っておきたい。そのような研究者と猫の素晴らしい協力関係をいくつか取り上げて、本書を締めくくることにしよう。
まずは、運動と重力に関する発見で世界を変えたアイザック・ニュートンが、実は猫用の出入口も発明したという都市伝説の嘘を暴いていこう。
ニュートンは賢くていたずら好き、孤独で攻撃的と、彼自身が猫のような性格だったといえる。十九歳のときに懺悔した罪のリストの中には、「両親スミスに、家もろとも焼いてやるぞと脅したこと」というものがある([1])。義父のバーナバス・スミス師とそりが合わず、母親が師と再婚したことに明らかに腹を立てていたのだ。
科学者ニュートンと猫用の出入口
ニュートンが猫用の出入口を作ったという話は十九世紀中に何度も語られた。その中でも生き生きとした描写のものを一つ紹介しよう。
アイザック・ニュートン卿の話である。この偉大な哲学者は親猫と子猫を飼っていて、研究中は家の中に入れていた。しかし猫が出入りするたびにいちいちドアを開けるのが面倒になってきて、次のような仕掛けを思いついた。
子猫はすぐさま…
ドアに、親猫が出入りできる大きな穴と、子猫が出入りできる小さな穴を開けた。親猫が通れる大きな穴なら子猫も通れるなんて、どんなに頭の悪いやつでも気づくはずなのに、彼は気づかなかった。穴を二つ開けた彼は、猫たちが初めてくぐり抜けるのを誇らしげに待った。
暖炉の前のじゅうたんから二匹が起き上がると、偉大な思索家は途方もない計算の手を止めた。史上最高の偉人はペンを置き、猫たちをじっと見つめた。ドアに近づいていった猫たちは、自分たちのために作ってくれた仕掛けに気づいた。親猫は自分に合わせて開けられた大きい穴をくぐり抜けた。
すると子猫はすぐさま、親猫の後を付いてその同じ穴を通っていった。
つねに常識を求められている大臣たちは、詩人や哲学者も自分たちと同類だと知ってほっとすることだろう。しかし実際に政治を良くすることができなければ、利益どころか権力や影響力も失うことになる([2])。
「謙虚になりなさい」という訓話
ニュートンが猫用の出入口を作ったというこの話は、とくに自信過剰な哲学者に「謙虚になりなさい」と諭すためによく引き合いに出される。「確かにあなたは惑星の運動は予測できるが、昔ながらの常識がないとそんな知識は役に立たないのだ!」
だが、この猫用の出入口の話は実話なのだろうか?
猫用の出入口という発想を初めて思いついたのはもちろんニュートンではなく、それより何千年も前とまでは言わないものの、何百年も前から似たようなものが存在していた。
たとえばジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』(一三八六)には、同じような猫の出入口を指す「猫の穴」という言葉が登場する一節がある。第二話『粉屋の話』、召使いが家の戸口を叩くが返事がないので、猫の穴から中を覗き込む。
彼は扉の下のほうに穴を一つ見つけた。
猫がいつもくぐって通っている穴だ。
その穴から彼は中を覗き込んだ。
するとようやくあの男が見えた。
意外な真実
もっと言うなら、そもそもニュートンは猫を飼っていたのだろうか?
ニュートンが猫や犬など何かペットを飼っていたという証拠はない。ニュートンの手紙の中にも同僚たちの手紙の中にも、猫に関する記述はいっさいない。ウールスソープに立つニュートン家の邸宅は現存しているが、猫用の出入口があったような証拠は見つからない。
しかしいずれも証明にはならない。ニュートンの時代から数百年も経っているのだから、すでに玄関ドアは取り替えられてしまっているだろう。
(本原稿は、グレゴリー・J・グバー著『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』〈水谷淳訳〉からの抜粋です)
【参考文献】
[1]Levenson, Newton and the Counterfeiter, p. 8.
[2]“Philosophy and Common Sense.”