猫はなぜ高いところから落ちても足から着地できるのか? 科学者は何百年も昔から、猫の宙返りに心惹かれ、物理、光学、数学、神経科学、ロボティクスなどのアプローチからその驚くべき謎を探究してきた。「ネコひねり問題」を解き明かすとともに、猫をめぐる科学者たちの真摯かつ愉快な研究エピソードの数々を紹介する『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』が発刊された。
養老孟司氏(解剖学者)「猫にまつわる挿話もとても面白い。苦手な人でも物理を勉強したくなるだろう。」、円城塔氏(作家)「夏目漱石がもし本書を読んでいたならば、『吾輩は猫である』作中の水島寒月は、「首縊りの力学」にならべて「ネコひねり問題」を講じただろう。」、吉川浩満氏(文筆家)「猫の宙返りから科学史が見える! こんな本ほかにある?」と絶賛された、本書の内容の一部を紹介します。

【MIT教授が教える】「ネコの水なめ」に隠された「科学的な驚き」とは?Photo: Adobe Stock

猫の水舐めの謎

 猫がひた隠しにしてきた物理学に基づく芸当は、とてつもなくうまい落ち方だけではない。近年、どんなにありふれた猫の習性にも科学的な驚きが潜んでいることが明らかとなっている。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)のローマン・ストッカー教授は、飼い猫のカッタ・カッタがボウルから水を飲んでいるのを眺めていて、猫はどうやってピチャピチャと水を舐めるのかに興味を持った。

 人間が水を飲むときには、ストローで吸い上げたりコップから口の中に流し込んだりと、さまざまな方法を使う。しかし犬などの動物は、舌をひしゃくのような形に丸めて水をすくい上げるほかない。

あまりにも速すぎる!

 猫はそれとは違う方法を使っているようだったが、あまりにも速すぎて肉眼ではその様子をとらえられなかった。

 そこでストッカーは、MITの同僚であるペドロ・ライス、スンファン・ユン、ジェフリー・アリストフを仲間に引き入れ、猫の物理を研究するためのもっとも由緒ある道具、ハイスピードカメラを使って猫が液体を飲む様子を調べた。

 手始めにカッタ・カッタが液体を飲むのを辛抱強く待ってその様子を撮影したが、その後、ほかの何匹かのイエネコや、さらにはライオン・ヤマネコ・トラ・ジャガーも撮影した。

細い水柱をかじり取る

 そうして得られた結果は、YouTubeに投稿されているほかのネコ科動物の動画でも裏付けられた。彼らの観察によって、猫は液体を飲むために、それまで明らかになっていなかった驚きの方法を使っていることが明らかとなった。

 調べたどのネコ科動物も、舌を水面にかろうじて付けてからすばやく引っ込める。少量の水が舌にまとわりつくので、そこで舌をすばやく引っ込めると、空中に細い水柱が立ち上がる。その水柱が皿に落ちる前にかじり取るのだ。

 猫は液体自体の分子間力を利用して、舌先とともに少量の液体を引き上げることで、液体を口に含むのだ。

 そのときには液体の慣性力と重力が完璧に釣り合っており、ストッカーらはシミュレーションによって、猫は水の摂取量が最大になるようなスピードで舌先を動かしていることを明らかにした。

 立ち直り反射(ネコひねり問題)の場合と同じように、人間の研究者が問題の存在に気づくよりもずっと前に、進化がその問題を解決してしまっていたのだ。

(本原稿は、グレゴリー・J・グバー著『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』〈水谷淳訳〉を抜粋・編集したものです)