多くの日本人は気づいていなかったが、2000年以降のアメリカでこの100年起こっていなかった異変が進行していた。発明王・エジソンが興した、決して沈むことがなかったアメリカの魂と言える会社の一社、ゼネラル・エレクトリック(GE)がみるみるその企業価値を失ってしまったのだ。同社が秘密主義であることもあり、その理由はビジネス界の謎であった。ビル・ゲイツも「大きく成功した企業がなぜ失敗するのかが知りたかった」と語っている。その秘密を20数年にわたって追い続けてきたウォール・ストリート・ジャーナルの記者が暴露したのが本書『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(ダイヤモンド社刊)だ。電機、重工業業界のリーダー企業だったこともあり、常に日本企業のお手本だった巨大企業の内部で何が起きていたのか? 同社では毎期末、会計トリックすれすれの取引が行われていたが、それは収益目標を達成できなかったGEの社員を待ち受ける、最悪の処遇から逃れるためだった。(訳:御立英史)

ギリギリの取引Photo: Adobe Stock

期末の約束事

 課せられた収益目標を達成できなかったGEの社員には、最悪の処遇が待っている。

 GEは結果重視で、有無を言わせないトップダウンの経営が行われていた。市場の実態を踏まえ、ボトムアップで目標を立てるのではなく、いきなり上から数字が降りてくるのだ。

 マネジャーは四半期ごとに目標を達成することを求められ、その実現が危うくなると、差額を埋めるために奔走した。ウェルチ以降、GEが四半期予算を達成できなかったことはほとんどなかったが、それは偶然ではない。

 GEキャピタルが保有する膨大な資産から、換金できるチップがふんだんに提供されたからだ。四半期末の雲行きが怪しくなると、何かが売却された。ビル、駐車場、飛行機など、宝箱の中の何かを売れば、簡単に数字をつくることができた。

 だとしても、そんなとき現場が戦場になることは避けられなかった。ある元幹部の話によると、11月末の感謝祭を過ぎると、あらゆる売上げを確定させるために、年末まで休みを取ることはほとんどできなかったという。

 新年を家族や友人と共に迎えられない社員もいた。大晦日の夜、社員の半分はオフィスにいた。食べ物や飲み物が持ち込まれたが、パーティーのためではない。締切直前の契約変更や注文処理のために働いていたのだ。

 年末は最後の追い込みの時期だ。GEヘルスケアでは、病院のCFOに土壇場の電話をかけ、大幅な値引きを行ってでも高額機器を押し込まなくてはならなかった。会計年度が終了する午前0時までに出荷するために、トラックへの積み込みは猛烈な突貫作業になった。

 エンターテイメント系の事業部では、大作映画が予想どおりの興行収入を上げているかを、経理担当者が常にウォッチしていた。四半期末が近づくと監視は熱を帯びる。ユニバーサル・スタジオが制作した映画は、GEにとっては会計上の資産であり、貸借対照表上は投資として扱われる。経理担当者は映画が公開される前に、予想されるあらゆる収入から制作費を差し引いて映画の価値を見積もるが、評判が悪かったり、チケットの売れ行きが予想を下回ったりすると、当初設定した資産価値を引き下げることになる。

 ハリウッドの古典的名作をリメイクした『キングコング』は、『ロード・オブ・ザ・リング』で成功を収めたばかりのピーター・ジャクソンが監督を務め、豪華キャストを起用していたが、そんな悲しい運命に翻弄された。スタジオは大ヒットを期待し、それにふさわしい制作費を投じた。2億ドル超という予算は、映画史上で最も高額な作品の一つだ。

 批評家には好意的に迎えられたが、観客は違った。赤字ではなかったが、当初見積もった利益を大きく下回ったのである。資産価値を下方修正する必要があるが、それでは利益が減る。財務担当者が上司に報告すると、「数字は変えるな」という意外な指示が返ってきた。

 困ったことになった。映画館に突然、観客が押し寄せたかのように装うことはできない。状況を打開するための会議が招集され、映画の拡大版DVDを発売するというアイデアが採用された。

 熱心なファンはこれを歓迎するはずであり、興行収入の不足分を補う利益が見込める、というのがその理屈だ。拡大版DVDの販売を織り込んで予測をやり直せば、現時点で作品の資産価値を下げる必要がなく、「映画は期待したほど儲からなかった」と投資家に告げる必要もない。

 GEの社員は、このようなトリックは会計規則に反するものではないと自分に言い聞かせていたし、独立監査人のKPMGも承認していた。だが、そのKPMGは、CASの協力を得て帳簿をチェックしていた。GEの経理担当者は、KPMGの監査人は彼ら自身の本社の判断より、GEの会計判断に同調する傾向があることを見抜いていた。