みなさんは『わけあって絶滅しました。』という本をご存じだろうか。絶滅生物の「絶滅理由」を紹介して話題となり、累計90万部のベストセラーになった。7月には新刊の絵本『わけあって絶滅したけど、すごんです。』が発売され、さらには漫画化、フィギュア化、大型展覧会化など、勢いが止まらない。
4歳から98歳まで、幅広い読者から寄せられる読者ハガキには、大人からの感想文も目立つ。生き物が絶滅した理由に笑った人、驚いた人、同情した人などさまざまで、なかには絶滅生物と自分を重ねて「考えさせられた」といった感想も。
監修者の動物学者・今泉忠明氏は、本シリーズの人気の理由を「絶滅生物をとおして、人間の在り方を見ることもできるから」だと分析する。今回のインタビューでは、今泉氏に「ヒトという生き物の特性」について語ってもらった。(取材・構成/樺山美夏、撮影/橋本千尋)
人類は知能が発達しすぎた
―― 絵本『わけあって絶滅したけど、すごいんです。』のストーリーは、100万年に1度の絶滅動物じまん大会という設定。古い時代から順に、動物たちが次々じまんを繰り広げます。この物語の最後に登場するのが、ヒトの祖先のアウストラロピテクスです。生物史のなかでも、人類は特殊で複雑な動物という気がするのですが、それは私がヒトだからでしょうか(笑)?
今泉忠明(以下、今泉):そう思うのは当然です。人間は、変わった動物ですから。突然変異で知能が発達しすぎたんです。地球の環境をここまで大きく変える作り変える生き物は、ほかにいません。
けれど、いくら知能が発達し、テクノロジーを発展させたとしても、人類が動物であることは変えられません。動物としての枠を逸脱しかけているのに、別の生き物になることはできない。人類は今、そこにジレンマを抱えている状況でしょうね。
生き物には「死」があるから、進化する
―― 『わけあって絶滅しました。』は、シリーズを通していろんなことを考えさせる内容です。生命の起源についてはさまざまな仮説がありますが、最初はたったひとつの生命体から数百万、数千万種もの生物が誕生したことが、本当に不思議です。
今泉:生き物は、死にますからね。そして、子孫を残す。長い時間をかけて生き物が繁殖と死を繰り返してきたから、遺伝子に多様性が生まれたのです。
さらに、突然変異によって、同じ種のなかでも異なる「特性」をもつものが現れます。基本的に、生き物は環境が変わって適応できなければ絶滅するんです。そのとき、環境にあった特性をもつものがいれば、生き残ることができる。その繰り返しによって生き物の姿や能力が変わることを進化とよぶんです。
今地球上存在する190万種もの生き物は、「今」の環境に適応している生き物なんですね。適応できないものは滅んでいき、そしてまた突然変異によって新たな特性をもつ生き物が登場するかもしれません。
人間はすぐ、調子に乗ってしまう
―― 多様性というのは、生き物にとってとても重要なものなんですね。
今泉:生き物の世界を見ていると、人間の世界が見えてきます。今みたいに「自分と違うもの」を排除する社会のままでいたら、人類はおそらく自滅しちゃうでしょうね。自分と違う人たちの文化、価値観、生き方を尊重して多様性を認めなければ、大きな変化ですぐに滅んでしまう。脆いんです。
―― うーん。人間の問題点も見えてきました。『わけあって絶滅しました。』を読むと、人類がたくさんの生き物を絶滅させてきたこともわかります。
今泉:今の地球でもっとも多いのは、人間由来の絶滅です。
たとえば、人間が絶滅させたリョコウバトという鳥は、もともとすごく数が多かったんです。でも、調子に乗って、肉や羽毛目当てに1日に20万羽も狩っていたら、絶滅してしまいました。ドードーという鳥は、動きがのろくて捕まえやすかった。それで多い時は1日200羽ペースで捕まえて食べていたら、一羽もいなくなってしまった。
―― 人間はすぐ調子に乗ってしまうんですね……。
今泉:そうですね。人為絶滅の記録はどれも残念なものばかりです。でも、その記録を知ることで、わたしたちは「これからの絶滅」を防ぐ努力ができます。ここで紹介した事例は、どちらも大航海時代から人間が地球全域に進出しはじめた頃の話。絶滅に対しての知識は、そのころよりうんと蓄積されている。人間の「知能」の生かしどころですね。
人間が利用されることもある
―― なるほど、「知ること」で起こせる行動もありますよね。『続わけあって絶滅しました。』と『も~っとわけあって絶滅しました。』では、人類と共生して繁栄する生き物も紹介されていましたね。かれらからは、生き物のしたたかさを感じました。
今泉:ええ、人間を利用する生き物だって当然います。マラリアやデング熱などの病気を媒介する人類の大敵・蚊は、船によって世界各地に卵が運ばれ、生息地を広げています。一方ウシは、人間の家畜になったことで数が増えました。世界で15億頭ほどもいるといわれ、その生物量(体重×個体数の総量)は地球一です。
弱そうな生き物こそ、意外としぶとい
―― 人間が人工的に育てて生き延びているのは、野生絶滅というカテゴリーに属する動物ですね。
今泉:馬やラクダなどがそうです。野生の馬やラクダはもういないだろうと言われていますね。最近では野生のゴールデンハムスターも、シリアの戦争で絶滅したそうです。世界中で飼われている動物ですけど、野生のゴールデンハムスターはもういなくなってしまいました。
―― ゴールデンハムスターも! かわいいのに……。
今泉:人間は「かわいい」と「おいしい」に弱いんです。だから、コアラのようにかわいい生き物や、クロマグロやウナギのようにおいしい生き物のことをつい手厚く守ろうとしてしまう。
もちろん、保護をすることが悪いわけではありません。でも、人間にとって一見魅力のない生き物にも、目を向けてほしいのです。人間の主観による人為選択で生き物を増やしたり絶滅させたりしていたら、やがて生態系のシステムが崩壊するかもしれません。
人類の未来は、どうなる?
―― 近年、アフリカやインドでバッタの大群が発生していますが、あれは人間に対する自然界からの逆襲なのでしょうか?
今泉:そういう見かたもできますね。人間は環境を変えて畑を作っていますから。広大な土地で同じ種類の作物だけが育つと、そこに入り込んだ生き物も一気に増えます。人間は、数の勝負で昆虫に勝てません。人間だけが絶滅しないために地球の資源を使って生き延びようとしても、その反動で人間を絶滅させるような自然現象が起こる可能性も高まっていくでしょうね。
―― では、人類が生き延びるには、どうすればいいんでしょう。
今泉:『わけあって絶滅しました。』で紹介している「絶滅しそうで、してない」生き物がヒントになるかもしれません。
環境が変化してもしぶとく生き残るのは、一見弱そうな生き物なんです。カモノハシやライチョウがそうです。目立たないところで、ひっそりと、長く生き続ける生き物は多いです。人類とは逆の生き方ですね。
ただ、あらゆる出来事は偶然が重なった結果ですから、最終的に生き延びるか否かを決めるのは「運」ですね。
―― シンプルですね(笑)。
今泉:でもひとつだけ、確実に言えることがあります。生物史上、「地球」に勝てる生き物はいないということです。人類がいくら繁栄していても、環境を変えすぎたり資源を使いすぎたり、他の生き物を絶滅させすぎたたりして、地球に閾値を超えた問題を起こせば、そのしっぺ返しは人類自身が受けることになります。
だから調子に乗りすぎず、地球にきちんと気を遣って暮らしていくことが、人類が長生きするコツでしょうね。
【大好評連載】
第1回 【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由
哺乳動物学者
東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加する。上野動物園の動物解説員を経て、東京動物園協会評議員。おもな著書に『野生ネコの百科』(データハウス)、『動物行動学入門』(ナツメ社)、『猫はふしぎ』(イースト・プレス)等。監修に『わけあって絶滅しました。』シリーズ(ダイヤモンド社)や『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)など。好きなどうぶつは、チーターやヒョウ等のネコ科。