地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。
マグマの大釜
約二億五二〇〇万年前、ペルム紀の終わり近く、何百万年もかけて地球の奥深くから上昇してきた(流動化したマグマの流れである)マントル・プルームが、上にある地殻と接触し、それを融かしてしまった。
ペルム紀末期には、地獄を探しに地中に降りてゆく必要などなかった。
なぜなら、地獄のほうから地表に出てきたからだ。
マントル・プルームは現在の中国に広がり、かつては青々とした熱帯雨林だった場所が、マグマの大釜に変わり、にじみ出てくる溶岩と有害なガスの煙が温室効果を高め、海を酸性にし、オゾン層をずたずたに引き裂き、紫外線に対する地球のシールドを低下させた。
すさまじい溶岩
生命がこの災害からまだ立ち直っていない約五〇〇万年後に、さらなる災害が発生した。
中国のマントル・プルームは、前菜にすぎなかったのだ。
メインディッシュはさらに大規模なマントル・プルームで、地球の奥深くから湧き上がり、現在の西シベリアで地表に穴を開けた。
地面が砕かれ、無数の亀裂からにじみ出た溶岩が、東海岸からロッキー山脈の手前まで、現在のアメリカ大陸の大きさに相当する地域を、厚さ数千メートルの黒い玄武岩で覆いつくした。
苦痛に満ちた責め苦
それに伴って発生した灰、煙、ガスが、地球上のほぼすべての生き物を死滅させた。
しかし、それは一瞬にして起きたわけではない。有毒物質による苦痛に満ちた責め苦は五〇万年にもおよんだ。
最初の悪魔の醸造物は、地球の平均気温を数度上昇させる温室効果をもたらすほど大量の二酸化炭素だった。
すでに酸素の欠乏と灼熱の暑さに苦しんでいたパンゲア大陸の一部は、完全に住むことが不可能になった。
テチス海を縁どるサンゴ礁への影響は、まさに壊滅的だった。
サンゴの死
サンゴ礁をつくりあげているゼリー状のポリプのなかに住む、太陽を好む藻類は、温度にとても敏感だった。
海水温が上がると、藻類は住みかから立ち去り、サンゴの本体ポリプは死んでいった。
サンゴがいなくなると、サンゴに住んでいた多くの生き物も絶滅した。
傷つくオゾン層
しかし、それだけではなかった。
火山は酸で空を焦がした。二酸化硫黄(亜硫酸ガス)がぶくぶくと空高く舞い上がった。
その二酸化硫黄がミクロの粒子をつくり、そのまわりに水蒸気が凝縮して雲をつくり、太陽光を宇宙空間に反射させ、一時的にだが、地表を冷やした。
暑さのあいまに、たびたび厳しい寒さが襲った。
しかし、雨にまじって陸地に降った二酸化硫黄は、酸となって地面から植物をひきはがし、土壌に染み込み、森の木々は焼かれ、その場で黒こげの切り株と化していった。
微量の塩酸やフッ化水素酸が痛みを増幅させた。
そして、雨となって降る前に、塩酸は有害な紫外線から地球を守るオゾン層を傷つけた。
動植物たちの死骸
平時なら、海のプランクトンや陸の植物が二酸化炭素の大半を吸い取ってくれるはずだが、植物はすでにストレスにさらされていた。
そのため、二酸化炭素は植物に吸収されず、雨に洗い流されて、風化を加速した。
土壌を安定させる植物がないため、土は風雨に流され、岩肌がむき出しになった。海は土砂と、陸上で殺戮された動植物たちの死骸でできたクルトンとで濁る、濃いスープと化した。
腐敗菌はその遺骸にはたらきかけ、残されていた、わずかばかりの酸素を使い果たした。
有毒な藻類が遺骸を肥料にして繁茂したが、やがてそれも枯れ果ててしまった。
さらに悪い事態
水中でぶくぶく泡立つ酸は、触れた海の生き物の甲羅を侵し、融かしていった。
たとえ、暗く淀んだ海を生き抜いたとしても、多くの海の生き物が依存する、石灰化した骨格は薄く、もろくなり、やがて殻をつくることさえできなくなった。
そして、さらに悪い事態が待っていた。
マントル・プルームが、それまで北極海の地下で氷結していたメタンガスを不安定にしたのだ。
焼けつく世界
メタンガスは轟音と噴煙を上げながら海面まで上昇し、大気中に数百メートルも噴きあがった。
メタンは、二酸化炭素よりもはるかに強力な温室効果ガスだ。
温室効果は急上昇し、世界は焼けついた。
それでもまだ足りず、数千年ごとに噴火が起こり、水銀の蒸気が大気中に放出され、窒息したり、ガスにやられたり、燃やされたり、煮沸されたり、焼かれたり、揚げられたり、溶かされたりしていない、すべてのものを汚染した。
三葉虫の旅立ち
その結果、海では二〇種につき一九種、陸上では一〇種につき七種以上の動物が絶滅に追いやられた。
死んだ動物のなかには、子孫や近親者を残せなかった種もいた。
たとえば、この絶滅によって、三葉虫の最後の一匹が死んだ。茎のある棘皮動物であるウミツボミも同様だった。
ほとんどすべての貝類は、酸で焼かれるなり、空気のない海中で腐敗物に溺れるなりして死滅してしまった。
生き残ったのは、ごくわずかな種だけだった。
ほとんど生き残らず
陸上では、何世代にもわたる両生類やは虫類の命が一掃された。動きが鈍く、角を持ち、イボイボしたパレイアサウルス類の軍団はすべて消え去った。
同じく、背中に帆がある盤竜類もペルム紀を生き延びることができなかった。その近縁種である獣弓類もほとんど生き残らなかった。
ペルム紀の平原でトクサ類やシダを食んでいたディキノドンの大群は、彼らをつけ狙っていた犬歯を持つゴルゴノプス類とともに、ほぼすべて淘汰された。
両生類は、デボン紀に自分たちが這い出てきた、元の水のなかへと完全に追いやられてしまった。
陸上で暮らしを築きあげ、よりは虫類的な生活や習性を持つようになったものは、すべて絶滅してしまった。
すべての羊膜動物の祖先は、こうした生き物たちのグループのなかから石炭紀初期にあらわれ、陸上生活が手の届くところまできていた。
しかし、彼らのような生き物は現在では残っていない。
奈落の底
「地獄の門」は中国で少し開き、シベリアで盛大に開け放たれ、ほとんどすべての生命を奈落の底に吸い込んだ。
土地はむき出しの静かな砂漠と化した。
わずかに残った植物は、ほとんど死にかけている地球という難破船にしがみついていた。
海は死んだも同然だった。サンゴ礁は消え、海底は悪臭を放つスライムの絨毯で覆われていた。
生命は戻ってくる
まるで、生命が先カンブリア時代に逆戻りしてしまったかのようだった。
しかし、生命は戻ってくる。
そして、世界が見たこともないような、色とりどりで絢爛豪華な騒がしいカーニバルが繰り広げられることとなる。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)