ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースの初の著書『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が世界各国で話題沸騰となり、日本語版が刊行されると、朝日新聞(2021/5/15)、読売新聞(2021/5/3)、週刊文春(2021/5/27号)と書評が相次いだ。「NHK 100分de名著 for ティーンズ」(2022年8月放送)でも紹介されるなど大きな反響を呼んでいる。
本書の訳者竹内薫氏に『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』の読みどころや魅力について語ってもらった。(取材・構成/田畑博文)

【NHK『100分de名著』で話題】「生命とは何か?」の3つの根本的な回答Photo: Adobe Stock

ウイルスは生物か?

――『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が発売されて1年半がたちました。本書は5万部を超えるベストセラーとなり、「NHK 100分de名著 for ティーンズ」(2022年8月放送)でも紹介されるなど大きな反響を呼んでいます。本書の魅力や読者からの反響について、改めて教えてください。

竹内薫(以下、竹内):読者からは「生物学の最新の知見が非常にわかりやすかった」というコメントをたくさんいただきました。

 また、「ポール・ナースさんの温かい人柄がよく出ている」というコメントも多かったです。実際に私もインタビューしましたが、家族を大切にする人柄、科学における真実の探究と同時に「人類の幸福」を追求している科学者だと感じます。

 そういった著者の人柄が、この本の気持ちの良い読後感を生んでいるのだと思います。

 また、ノーベル賞学者ポール・ナースの深い生命観に触れられることも、本書の魅力です。

 ポール・ナースは「私たちは腸内細菌や皮膚の常在菌と共生しているから、単体では生きていない。すべてがお互いに依存しているのが生物のネットワークである」と語ります。

「ウイルスは単体では生きられないから、生物ではない」という説を彼は否定するのです。

コロナ禍と生命

――本書の発売は長引くコロナ禍において、mRNAワクチンの開発が話題になった時期でもありました。

竹内:新型コロナウイルスが流行して3年目に入り、現在も収束していません。そうした中、全世界の人々が今までの生活をいったん立ち止まらざるを得なくなりました。改めて「人の命」や「生命」について考えるうえで、本書が出版されたことは非常に意味があると思います。

「生命とは何か」の3つの回答

――ポール・ナースは生命をどのようなものととらえているのでしょうか。

竹内:ポール・ナースは次の3つの原理を満たすものを「生きているとみなすことができる」と述べています。

1. 進化する能力を持っていること
2. 境界を持つ物理的な存在であること
3. 化学的、物理的、情報的な機械であること

――3つめの化学的、物理的な機械とはどのような意味でしょうか?

 化学反応の根源に物理的な反応があります。だから、「化学的」と「物理的」はほぼ同じ意味だと考えてください。また、一昔前であれば、「化学的な機械」という定義で済んだのですが、現代はDNAの解読が進んだので「情報的な機械」という定義も加わりました。

「生命」を理解するための視点

――訳者として、またサイエンス作家として多数の科学書を読まれてきた竹内さんが考える、「本書の読みどころ」は具体的にどのあたりでしょうか。

竹内:西洋文明には「生命とは化学的な機械である」という見方があります。それが結実したのがポール・ナースの発見である、と言えるでしょう。

 ですから、「生命」が「化学」に加えて「情報」という観点に結びつくというのは、非常に重要な部分です。本書でいえば、ステップ4「化学としての生命」とステップ5「情報としての生命」にあたります。

――「生命とは何か?」という本書の核心に一気に迫っていく章ですね。読みながら強く惹き込まれました。

【NHK『100分de名著』で話題】「生命とは何か?」の3つの根本的な回答竹内薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー著、新潮文庫)、『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)、新刊に『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー著、ダイヤモンド社)がある。

竹内:そうですね。ステップ4やステップ5は、本質的な内容でありながら、大変親切に書かれています。

 たとえばステップ4には、生物学の発展に大きな役割を果たしたラヴォアジエのエピソードが紹介されています。

 “発酵の科学的研究は、現代化学の始祖の一人である、一八世紀のフランス貴族で科学者のアントワーヌ・ラヴォアジエから始まった。

 彼にとっても、科学全体にとっても不幸なことに、非常勤で収税官をしていたせいで、フランス革命中の一七九四年五月に、ラヴォアジエは断頭台の露と消えた。その政治的な吊し上げ裁判で彼に判決を下した裁判官は、こう宣言した。「共和国には学者も化学者も必要ない」。

(中略)ギロチンと不慮の出合いをする前、ラヴォアジエは発酵のプロセスに夢中になっていた。彼は「発酵は初めのブドウジュースに含まれる糖が、できあがったワインのエタノールに変換される化学反応である」と結論づけた。

 発酵をこんなふうに考えた人は、それまで誰もいなかった。その後、ラヴォアジエはさらに踏み込んで、「発酵素」と呼ばれるものがあって、それはブドウそのものに由来し、化学反応で中心的な役割を果たしているようだと提案した。”

 これは「酵母」「化学反応」という点でポール・ナースの研究とも直結しており、非常に印象的なエピソードです。

 一読後にステップ4やステップ5を中心に読み直していただくと、「あぁ、そうか!」という納得感が得られて、さらに本書の理解が深まると思います。