上昇する物価と、上がらない給料、そして将来への先行き不安。そんな状況から「投資」を始めた人も多いのではないだろうか。しかし多くの日本人は「投資」と「投機」を混同している。「投資」は、短期間に株の売買を繰り返すことではない。選び抜いた企業のオーナーとなり、その成長を長い期間で楽しむのが「投資」だ。企業を選び抜くには、さまざまな分析と考察が必要である。その思考法が書かれたのが『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(奥野一成)である。「投資家の思考法」を身につければ、投資はもちろん、あなたのビジネスも成功に導かれるはずだ。
インベスターは価格よりも価値にこだわる
「奥野さんが言う長期投資って、どのくらいの期間のことですか?」とよく聞かれます。その時は「よくぞ聞いてくれました」と心で思いながら、ちょっと含みを持たせて「永遠です」と答えています。
その言葉を聞いた人はほとんど「え?」と不可解な顔をするので、「やっぱりあなたも……」と心の中で小さなため息をつきます。それほど、投資は中短期の売買が当たり前だと思っている人が多いのです。
中短期で投資をしている人はみんな早く勝ち逃げしたいので、「利益確定」という言葉が大好きです。しかし、長期投資をしているインベスターは利確という概念が理解できません。「長期投資家の辞書に利確という言葉は存在しない」というのが私の考えです。多くの人から反発を受けますし、メディアのインタビューでも理解されずにカットされてしまうのですが、私のほうが正しいと、はっきり申し上げておきます。
個人投資家の利益確定は理論的に間違っている
プロ投資家や金融機関は利確する必要があるのかもしれません。しかし個人として素晴らしい経済性を持つ企業のオーナーになるタイプの長期投資であれば、利確する必要がないばかりか、ナンセンスだと考えています。
どういうことか説明しましょう。
プロの機関投資家や金融機関は、年度ごとに決算を締めなければいけません。含み益は利益にはならないので、決算上の収益を認識するために利確する必要があります。
しかし、個人投資家の場合は決算を締める必要がないばかりか、利確するたびに利益に対して約20%が課税されます。総合課税をとれば損益通算することは可能ですが、儲けたら税金を払わなければならないことは変わりません。
「利益確定をしなくてもいい」ことが機関投資家と比べた時の、個人投資家の最大の強みなのです。それなのになぜ「利確」するのか?
気持ちはよくわかります。毎日毎日激しく動く株価を見ていると、含み益が乗っている間に売却したいという「PL(損益計算書)的発想」ですね。
株式を売却するという行動自体は個人の意思決定なので自由ですが、「含み益を実現するために」という動機がファイナンス理論的に間違っているという点は理解しておいて損はないと思います。
株式を売却するという決断は、現金に投資するという決断です。その売却判断は、あなたのポートフォリオの中の株式比率を下げて、現金比率を引き上げるために行われるべきものであって、利益を確定するためにするべきものではありません。含み益があろうと含み損になっていようと、現金比率を上げたければ、売却すれば良いのです。
これをファイナンス的に言うなら、あなたが投資している株式、投資信託に含み益が乗っているのか、含み損になっているのか(=買った時点の価格がいくらだったか)、ということはいわゆる「埋没費用(サンクコスト)」であり、それはあなたが行う将来の売却、購入という意思決定においては考慮するべきではありません。あなたの持ち値など、意思決定する際に本来関係がないはずなのです。
あなたのお小遣いを捻出するためであれば「PL(損益計算書)的発想」は必要かもしれませんが、あなたの資産形成にとって必要なものは「BS(貸借対照表)的発想」です。「PL(損益計算書)的発想」はあなたが本来行わなければならない資産形成上の意思決定をゆがめてしまいます。
「資産ポートフォリオ全体の〇〇%を、株式・投資信託のような価値増大資産に振り向け、現金や債券のような資産も待機資金としてXX%は持っておこう」といった意思決定を、あなたの保有資産全体の現時点のバランスと、将来の収入と支出から見込まれる追加投入可能資金を考えて行う必要があるのです。
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(いずれもダイヤモンド社)など。
投資信託「おおぶね」:https://www.nvic.co.jp/obune-series-lp202208
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