上昇する物価と、上がらない給料、そして将来への先行き不安。そんな状況から「投資」を始めた人も多いのではないだろうか。しかし多くの日本人は「投資」と「投機」を混同している。「投資」は、短期間に株の売買を繰り返すことではない。選び抜いた企業のオーナーとなり、その成長を長い期間で楽しむのが「投資」だ。企業を選び抜くには、さまざまな分析と考察が必要である。その思考法が書かれたのが『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(奥野一成)である。「投資家の思考法」を身につければ、投資はもちろん、あなたのビジネスも成功に導かれるはずだ。

【プロ投資家の教え】インベスターは株価の下落を喜ぶPhoto: Adobe Stock

株価下落はむしろチャンス

 私は金融の世界で30年仕事をしてきましたので、危機的状況を何度も経験してきました。

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロや、2008年のリーマン・ブラザーズ破たんが引き金となったリーマン・ショック、2011年3月11日の東日本大震災、2020年から猛威をふるった新型コロナのパンデミック。世界が震撼するような出来事が起きるたびに、金融業界にも激震が走る様子を繰り返し見てきました。

 大きな危機のたびに、個人投資家のみならず、多くの機関投資家は株価下落による会計上の損失に怯え、本当は買わなければならない時に、買い取引を凍結せざるをえなくなることが多いのです。凍結ですめばまだ良い方で、証拠金取引(あらかじめ現金を専用口座に預け、その金額の3倍~25倍程度の取引を行える仕組み。損失が一定額以上になった場合は追加証拠金の拠出が求められる)を行っているような個人の場合は、追加証拠金拠出のために売却を余儀なくさせられます。機関投資家の場合はリスク管理セクションから投げ売りを強要され、底値で売ってしまうことになるケースを今まで何回も見てきました。

 機関投資家がリスク管理に用いているVaR(Value at Risk)という手法では、株価の急激な変動率上昇をリスク上昇と捉えるため、その時点で株式を買い増す(=リスクを増大させる)ことなどできるわけがなく、むしろリスク資産縮小のために投げ売りすることになります。そして皮肉なことに市場が沈静化し、株価が暴落前に半ば戻ってから、おもむろに買い始めることになるのです。言うまでもなくこれは、「安い時に売って、高い時に買う」という最悪のオペレーションです。

 いっぽう素晴らしい経済性を備えた企業のオーナーであれば、そのような株価の変動に一喜一憂する必要はありません。もちろん大きなマクロ危機によって、保有企業の根本的な経済性が損なわれてしまうのかどうかは注意深く、慎重に評価する必要があります。ですがもし本当に保有企業の経済性に持続性があると評価できるなら、それらのマクロショックによって大きく株価が下落するタイミングはむしろ喜ばしいことなのです。なぜなら株価下落こそ、その保有先の企業価値に対する持ち分を安価で増やすことのできる絶好の機会だからです。

 このような「逆張り」のスタンスが取れるのは、積立投資のように、将来的な投資余力が十分に大きい場合に限られます。この点、多くの個人投資家はこれから入ってくる給与収入の一部を投資に回していくわけなので、「将来の買い手」です。ウォーレン・バフェットは、将来株式を買う人が株価の上昇を喜ぶのは、「これから何千マイルも走るドライバーが、ガソリン価格の上昇を見て、『昨日満タンに入れておいてよかった』と喜ぶようなものだ」と言っています。

 人間には将来を予測する能力はありません。まぐれで当たることがあるだけです。できることは、起こりうることに適切に備え、実際に起こってしまった事態に当たり前に対処することだけです。要するに、ほとんどの人は「相場が下落したら買おう」と思って相場予測をしているのですが、そんな予想が当たることはまずないということです。そして予想が当たろうとハズれようと、実際に相場が下がったときには、「まだ下がるのではないか」という恐怖に取り憑かれて実際には買うことができないものです。