宋の国難を救った大政治家・王安石の登場
そのような状況の中で理宗は朱子の教えを高く評価し、彼の弟子を登用しました。
そればかりではなく、朱子は国の至宝とも言うべき大儒であるとして、孔子廟に孔子と孟子とともに奉られていた王安石(1021-1086)を、朱子と入れ換えてしまったのです。
王安石はその優れた献策(重商主義。新法)によって、保守層(旧法)を退け宋の国難を救った大政治家です。
そればかりではなく儒学にも、深い素養を持っていた思想家でした。
理宗の行動はずいぶん思い切ったものでした。
王安石がそのまま奉られていたら、中国の近代化はもっと早く実現していたと嘆く向きもあるほどです。
ともあれ、このときから、朱子は孔子や孟子に次ぐ大儒となります。
やがて儒家の世界では朱子学が、新儒学と呼ばれる存在になります。
そしてこのときから、儒教のステージが変わります。
人生の考え方や社会の約束ごとや道徳を教える位置づけから、体系化されてイデオロギー化された存在になっていくのです。
朱子を読み解く本
話は少し横道にそれますが、小島毅『天皇と儒教思想──伝統はいかに創られたのか?』(光文社新書)という本があります。
これは明治国家が天皇を中心とする国づくりを行う上で、いかに儒教の体系的なイデオロギーを借用して制度づくりに励んだかを明証したものです。
逆にいえば、わが国の神道は、あまりにも没理論的で天皇制の創出には役に立たなかったということです。
朱子以降の儒教は精緻な理論構築を行っていたのです。
朱子について学ぶには、木下鉄矢『朱子──〈はたらき〉と〈つとめ〉の哲学』(書物誕生あたらしい古典入門シリーズ、岩波書店)がお薦めです。
『哲学と宗教全史』では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を、出没年付きカラー人物相関図・系図で紹介しました。
僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んでみたのでぜひご覧いただけたらと思います。
(本原稿は、13万部突破のロングセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)
『哲学と宗教全史』には3000年の本物の教養が一冊凝縮されています。ぜひチェックしてみてください。