上昇する物価と、上がらない給料、そして将来への先行き不安。そんな状況から「投資」を始めた人も多いのではないだろうか。しかし多くの日本人は「投資」と「投機」を混同している。「投資」は、短期間に株の売買を繰り返すことではない。選び抜いた企業のオーナーとなり、その成長を長い期間で楽しむのが「投資」だ。企業を選び抜くには、さまざまな分析と考察が必要である。その思考法が書かれたのが『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(奥野一成)である。「投資家の思考法」を身につければ、投資はもちろん、あなたのビジネスも成功に導かれるはずだ。

【プロ投資家の教え】AKB48のアナロジーPhoto: Adobe Stock

夜の世界のビジネス手法を芸能界に持ち込んだ秋元康という天才

 普段の生活の中で、テレビを観ていても、街を歩いていても考えるネタはたくさんあります。

 例えば興味がある方も多いと思われるアイドルの世界です。

 昭和の時代は、松田聖子さんや郷ひろみさん、ピンク・レディーやキャンディーズなど、国民的なアイドルやアイドルグループが絶大な人気を誇っていました。

 しかし平成に入り、昭和のアイドルに代わって台頭してきたのは秋元康さんプロデュースのAKB 48をはじめとした秋葉原系のアイドルグループです。

 なぜ、AKB 48は売れたのでしょうか。

 昭和のアイドルは、ルックスの良さ、歌唱力の高さ、ダンスの上手さなどでファンの心を鷲づかみしました。一般人にとっては近づきがたい別世界の人というイメージでした。アイドルを発掘し育成するコストも非常に大きなものでした。

 またアイドル自身も、恋愛禁止、プライベートの話題禁止など、制約制限が多いマネージメントの管理下に置かれていて、アイドルを見ることができる唯一のメディアだったテレビが権力を握っていました。

 ところがAKB 48は、それまでの常識を覆し、「会いにいけるアイドル」として親しみやすさを前面に売り出しました。この原型は、知っている方も多いと思いますが、昭和末期に秋元さんがプロデュースしたおニャン子クラブです。この「アイドルのような素人たち」を競わせながら売り出す戦略ならば、アイドルの発掘・育成コストを最小限に抑えることができ、ある程度うまくいくことは実証済みだったのです。

 そこに新たに加えられた要素が、CDに投票券や握手券をつけて、購入すれば誰でもグループ内の一推しアイドルに投票できたり、握手会に参加できたりする点です。

 これは、お客が推しのキャスト目当てに、その人を応援したい、気を引きたいと思う心理的作用からお金を投入していくキャバクラやホストクラブのシステムと本質的には同じです。ビジネスの手法としては、夜の世界では古典的で目新しいものではありません。しかし、若いアイドルファンたちには大きなインパクトを与えました。投票券付きCDを5500枚、880万円分を購入したファンもいたというニュースを知ったときは、正直、唖然としたものです。

 夜の世界の推しビジネスを、昼間のアイドルの世界に持ち込んだところが、秋元さんの天才プロデューサーたるゆえんだと言えるでしょう。

「親しみやすさ」に特化した素人のようなアイドル(アイドルのような素人)たちは、自分ごと化できるコンテンツを求めていた顧客層に対して見事に訴求効果を高め、「握手券」「投票券」を通じて新たなCD購買層を開拓することに成功しました。この手法はAKBの後に続いた乃木坂46や欅坂46でも踏襲されています。まさにこれこそ競合相手の少ない新しい市場を創出する「ブルーオーシャン戦略」だったのです。

 このように、世の中でヒットしている商品やサービスがあったら「なぜ売れているのか?」「似ているものはあるか」「違うところはなにか」「川上と川下はどこにあるのか?」とまず好奇心をもって、2つ以上の事実を組み合わせてみることが、アナロジーを生むコツです。その習慣を身につけるためには、日常的にさまざまな産業の動向にアンテナを立てて、好奇心を持つことが大切です。好奇心こそがインベスターシンキングの原動力なのです。

 大事なことは、業種、セクター、国などの固定観念を捨てて、財・サービスの本質を需要サイド(利用者、消費者)から掘り下げるということです。企業やビジネスを分析しようとするとき、ややもすれば、自動車、化学、食品……というように、産業別に分けることを入り口に設定してしまいがちです。これは供給サイドから見た分類にすぎません。この切り口では思考が固定的・平面的になりがちで、どこまでいっても差別化された考え方にはなりません。

 顧客が本当に欲しているものは何なのか、その財が顧客にもたらしている付加価値(=問題解決)が何なのかを、需要サイドからゼロベースで考えることで、立体的・空間的に捉えられるようになります。

 トヨタの競合は、自動車メーカーであるフォルクスワーゲンや日産だけでなく、自動車の所有から利用へのシフトの潮流を収益化するウーバー(ライドシェア)やパーク24(カーシェアリング)かもしれませんし、人の移動頻度が下がるという意味ではZoom(ビデオ会議システム)かもしれません。そのような発想を持つことが、インベスターシンキングの第一歩なのです。

奥野一成(おくの・かずしげ)

投資信託「おおぶね」ファンドマネージャー

【プロ投資家の教え】AKB48のアナロジー

農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(いずれもダイヤモンド社)など。

 

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