「柳モデル」とESGの旅は続く

 Belo (2022)および高須(2022) の経済学に基づく企業価値モデルがある。

【企業価値=Pp有形資産+Pl人的資産+Pk知識資産+Pbブランド資産】 ※4

 彼らの研究でも、米国ではかつて50%のシェアのあった有形資産は企業価値の半分も説明できない一方、無形資産がシェアを高めてきた(日本は米国と比べて有形資産依存度が高く、無形資産のシェアは低い)。この結果は、オーシャントモのデータや日米PBR比較とも整合性がある。

 つまり、本源的には「見えない価値」が企業価値の半分以上を占める。そして日本企業のESG(非財務資本)の価値は過小評価されている。

 ここから、本連載では「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」を求めて、我々はESG経営の正解のない旅に出た。その地図が、ESG(非財務資本)の価値がPBRと関係していることを仮説にして、ESGと企業価値をつなぐ「柳モデル」であった。

 本連載第1回で詳述したように、柳モデルの裏付けとして、世界の投資家の意見がある。その過半数が「日本企業はESG/インパクトと企業価値の関連性を説明してほしい」「ESG/インパクトの全てまたは大半をPBRに織り込むべきだ」と考えている。

 そして、エーザイの重回帰分析、TOPIX100&500への柳モデルの適用、ESG会計としてのESG EBITの提案、インパクト加重会計による「エーザイの従業員インパクト(雇用インパクト)」や「顧みられない熱帯病治療薬無償配布の製品インパクト会計」の新機軸の計算と開示、世界の製薬会社の実証を含むマテリアリティとパーパスの議論など、さまざまな柳モデルのエビデンスも模索してきた。

 我々はまだ旅の途中であり、ゴールは遠いのかもしれないが、多くの日本企業が柳モデルと回帰分析、ESGの会計、インパクト加重会計等の定量化の手法を創意工夫して訴求して、ステークホルダー資本主義における説明責任を果たすことで、相関と因果をつなぎ、潜在的な非財務資本の価値を顕在化させて企業価値評価を大きく向上させていくことを願ってやまない。筆者は日本企業の潜在的なESGの価値を信じている。

※4 各Pはおのおのの資産のシャドウプライスであり、各資産1単位当たりの市場評価額と考えればよい。有形資産はBSの有形固定資産、人的資産は雇用労働者数、知識資産は研究開発費、ブランド資産は広告宣伝費の各データを加工することで算定されている。
 
【参考文献】
高須悠介 (2022)「企業価値は何でできているのか」『企業会計』2022(8).
柳良平 (2019)「IIRC-PBRモデルとグローバル医薬品セクターESG マテリアリティ」『月刊資本市場』
2019(11):18-28.
柳良平 (2021a) 『CFOポリシー第二版』中央経済社.
柳良平 (2021b) 「ESG会計の価値提案と開示」『月刊資本市場』2021(4):36-45.
柳良平 (2021c)「従業員インパクト会計の統合報告書での開示」『月刊資本市場』2021(9):24-34.
柳・フリーバーグ (2022)「顧みられない熱帯病治療薬無償配布のESG会計:グローバルヘルスの「製品インパクト会計」の新機軸」『月刊資本市場』2022(9):38-49.
Belo, Frederico & Gala, Vito D. & Salomao, Juliana & Vitorino, Maria Ana. 2022. "Decomposing firm value," Journal of Financial Economics, Elsevier, vol. 143(2), pages 619-639.
Gartenberg, Claudine, Andrea Prat, and George Serafeim. 2019."Corporate Purpose and Financial Performance." Organization Science 30, no. 1 (January–February 2019): 1–18.
Grewal, Hauptmann and Serafeim. 2017. “Materiality Sustainability Information and Stock Price Informativeness”.