『資本主義の先を予言した史上最高の経済学者 シュンペーター』(日経BP)の著者、名和高司氏にイノベーションの要諦を聞いた前編。後編では、イノベーションを実践的に起こしていくには何が必要かを聞いた。参入市場の選択や製品開発法、市場を見る目などの具体論の後、日本企業が特に注力すべき点として指摘されたのが、無形資産の活用である。改善すれば、掛け算式で効果が現れるからだ。その実現には主体となる経営者が、アントレプレナーとして行動と学習により自己変革していかなければならない(聞き手/ダイヤモンド社 ヴァーティカルメディア編集部 編集長 大坪亮、構成/嶺竜一)。
京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋大学ビジネススクール客員教授
東京大学法学部卒、三菱商事に約10年間勤務、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。シュンペーターおよびイノベーションを主に研究。2010年までマッキンゼーのディレクターとして約20年間コンサルティングに従事。ファーストリテイリング、味の素、SOMPOホールディングスなどの社外取締役も兼任。近著『資本主義の先を予言した史上最高の経済学者 シュンペーター』(日経BP)のほか、『パーパス経営――30年先の視点から現在を捉える』『企業変革の教科書』(ともに東洋経済新報社)、『稲盛と永守――京都発カリスマ経営の本質』『経営変革大全――企業を壊す100の誤解』(ともに日本経済新聞出版)など著書多数。
――既存市場には多くの場合、競合があります。競合のいない市場を切り開く「ブルー・オーシャン戦略」は効果的ではないでしょうか。
ブルー・オーシャン戦略も正しくない、と私は思っています。W・チャン・キムとレネ・モボルニュの共著『ブルー・オーシャン戦略――競争のない世界を創造する』では、成功ケースとしてNTTドコモのiモードや、10分1000円カットのQBハウスが紹介されていますが、iモードはiPhoneに取って代わられて消滅しましたし、QBハウスもまねされて苦境に陥りました。
確かに、レッド・オーシャンでは強みがあっても息ができないですが、かといって、ブルー・オーシャンに泳ぎ出たところで強みがなくては後から来た強者の大群に負けてしまう。私は、企業がイノベーションを起こすには「パープルオーシャン」がベストだと思います。自分の強みを持ったまま、レッド・オーシャンから外洋にこぎ出して、レッドとブルーの間にあるパープルの海を見つけるのです。これも「ずらし」の経営です。
――新しい商品を世に出す手法には、伝統的には「プロダクトアウト」と「マーケットイン」がありますが、ご著書の中では、それとは別の「マーケットアウト」が重要だと提唱されていますが、どのようなものでしょうか。
「プロダクトアウト」は、自分の強みを形にしてそのまま市場に出してみるという、いわば当てずっぽうのような手法です。もちろんある程度マーケットがこうであろうとは想像して出しているとは思いますが、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」といったところが現実です。
「マーケットイン」は、顧客と一緒に体験価値を作りましょうという考えに基づいた手法です。これは一見、顧客に近いようでいて、顧客にこびているだけです。顧客が気づいていることを形にするということは、すでにある市場が前提になっているので、イノベーションにはなり得ないのです。
これらに対して、未来の市場を創造するという手法が、「マーケットアウト」です。プロダクトを作るのではなく、マーケットを作る、というものです。プロダクトアウトと紙一重ではあるのですが、そこに「志(パーパス)」があるかないかという点で、大きな違いがあります。これからの世の中をどうしたいのか、顧客にどんな体験をしてもらいたいのか、先回りして想像して、志を持って世の中を誘導していくということをしなくてはならないのです。