日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は説明不足にある。外国企業との差を端的に示すのがPBR(株価純資産倍率)。会計上の簿価に対してどれだけ付加価値を創出しているか、市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴といえる。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイでCFOとして確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示していく。連載の最終回は、「ESG活動のマテリアリティとパーパス経営」の関係について解説する。
そのESG活動は
マテリアリティ(重要性)に適合しているか
ESG経営・ESG投資が隆盛を極める中、一部の日本企業の経営者は、「世間で要求されるすべてのESGの項目に同等に対応しなければならない」とコーポレートスタッフに指示を出す。
一部の運用機関のESGアナリストは、すべての業界のIR担当者に共通のESGアンケートを持参して、「このESGの全項目にそれぞれ完全に答えてください」と要求する。このような傾向はないだろうか。
高邁(こうまい)な理念を持つ多くの日本企業は、企業市民として、少しでもSDGs(持続可能な開発目標)に貢献すべく、そのためにESG経営をおろそかにしてはいない。
しかし、すべてのESGのKPI(主要業績指標)が、企業価値に対して同等の重要度があるわけではない。
資源・エネルギー産業や巨大な工場を有する自動車産業では、温室効果ガス排出量(GHG)の削減は極めて重要であろう。コンビニなど小売業界では、環境問題も重要だが、それ以上にアルバイトも含めた人財の健康やモチベーションの方が大切かもしれない。IT業界も、人財が生命線であろう。ヘルスケアでは、環境よりも患者への貢献が重要な使命であろう。
このように業界ごとに、ESG活動が企業価値に影響する度合い、目的、重要度が異なる。
したがって、「ESGマテリアリティ(重要性)」を個別の業界ごとに勘案する必要がある。経営者も投資家も、「そのESG活動がマテリアリティに合致しているか」を個々の重要性に鑑みて検討すべきなのである。
連載最終回の本稿では、世界の医薬品セクターのESGマテリアリティにつき、筆者が英国AXA Investment ManagersのYo Takatsuki, Head of ESG Research and Active Ownership(当時) と共同で行った実証研究を記載した論文(柳 2019)を紹介して、そのインプリケーションを考察する。