日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は説明不足にある。外国企業との差を端的に示すのがPBR(株価純資産倍率)。会計上の簿価に対してどれだけ付加価値を創出しているか、を市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴と言える。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイでCFOとして確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示していく。第1回目は、日本企業のESG経営を、世界の投資家がどのように評価しているか。
ESGの見えざる価値を
企業価値につなげる方法
拙稿『ESGの「見えざる価値」を企業価値につなげる方法』(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2021年1月号、柳2021a)では、「柳モデル」(柳 2021b)を用いて、ESG(環境・社会・統治)※1 経営の定量化を紹介して、おかげさまで好評を得た。
筆者はこの「柳モデル」を、ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェイム教授や世界最大の資産運用会社ブラックロックのエリック・ライス氏らの支持を得て、日本発で世界に発信している。
「柳モデル」は本連載の中核テーマで、追い追い説明していくが、端的にいうと、「ESG経営(非財務資本)と長期的な残余利益(エクイティ・スプレッド)の同期化モデル」である。
連載タイトルの通り、非財務資本と企業価値(時価総額)の関係をファイナンス理論から説明する概念フレームワークである。
しかしながら、ESGという見えない価値を見える化するためには、どうすればいいかという問題に解決策はない。潜在価値の完璧な顕在化は不可能である。終着駅にまだ行きつかないESGジャーニー、と一般に呼ばれるゆえんである。
この連載では、投資家の視座、「柳モデル」、インパクト加重会計、相関と因果、パーパス経営などの視点から、エーザイ(筆者は2022年6月まで同社のCFO、現在はシニアアドバイザー)のケース研究も交えて、理論と実践を融合することで、読者の皆様と一緒に正解のない答えを模索していきたい。究極の策は、個々の企業がより良い見える化を目指して最善の努力を重ね、それを投資家に対して開示、対話していくことだろう。
このESGジャーニーではさまざまな立場からさまざまな努力が必要であるが、ESGの定量化について、筆者の関わっている範囲で動向を述べると、早稲田大学では新機軸の実証実験を含めて2022年度から「早稲田大学会計ESG講座」を立ち上げる予定である。