新刊『ぼくらは嘘でつながっている。』は、この世のありとあらゆる「嘘」を分類し、その功罪や効用を暴き、「嘘の正体」を白日の下に晒していく本だ。その中に「経歴詐称」の話がある。経歴詐称はネット炎上の代表的な燃料になる。芸能人の詐称がバレれば、その人は瞬く間に表舞台から引きずり降ろされる。でも、と、浅生鴨は腕を組む。その経歴詐称で本当に実害を被る人は誰なのだろうか、と。(構成:編集部/今野良介)

「経歴詐称」で誰が実害を被るのか?炎上すると、驚く。 Photo: Adobe Stock

これまでの自分の人生の中から何を選び取り、何を伏せるか。それが履歴書である。

最近書いた『ぼくらは嘘でつながっている。』という本の「はじめに」でも、僕はあれこれと自分のやってきた仕事について書いているが、もちろんぜんぶは書いていない。ほんのちょっとしかやらなかった仕事まで書くと膨大な量になるし、やったと言えるほどではないと自分では考えているものもたくさんあるので、そのあたりはざっくりと省略している。ともかく全部は書いておりませんのです。

だいたい、自分について自分で書くだなんて、これはもう嘘の落とし穴に自分からはまりにいくようなものである。どうせ人は誰だって自分について嘘をつくのだ。完璧な経歴や、厳密な履歴を求めたところで、そこにはすでに嘘が入っている。

経歴なんてものは、自分で書くから盛りたくなる。だから、そんなものは誰かに勝手に書いてもらっておけばいい。多少年月がずれていようと、内容が微妙に違っていようとどうでもいい話で、それによって害を被る人などほとんどいないんです。

もちろん政治家を選ぶときは、その人の経歴や実績に票を投じる面があるし、医者や危険物取扱責任者やパイロットなど、その人の経験や資格が他者の生命に関わる場合には詐称は許されないだろうけれども、一般の人はちゃんと結果を出していれば、別に過去がどうであろうとも関係がない。

これは現実にはありえない空想だが、たとえば、打席に立つごとにホームランをかっ飛ばす選手が実は出身校を偽っていたとしても、彼のパフォーマンスは変わらないでしょう。

記憶に残る「あの人」の経歴詐称

以前、海外の大学でいくつかの授業を受けていただけなのに、経歴には卒業して学位を取ったと載せていたラジオDJが経歴詐称でひどく叩かれていたけれども、彼が嘘をついていたことで大きな実害のあった人はいるのだろうか。仕事上の関係者で実害を被った人もいるかもしれないけれども、僕にはよくわからない。ああやって騒ぎ始めるまでは、別に誰も困っていなかったんじゃないだろうか。彼が学位を持っていなかったからといって、誰がどんなふうに困るのかもよくわからない。

経歴で大騒ぎする人たちは、今目の前にいる人間を見る力がないだけなんだと思います。

いや、もしかすると相手の嘘を見抜けなかったことが悔しいのかもしれません。

嘘は駆け引きですから、相手の言葉にやすやすとコントロールされたことが、自分自身への腹立ちとなっているのかもしれませんね。(了)

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浅生鴨(あそう・かも)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。