デザイナー的思考で、イノベーションが加速する

――やはり経営層の意識変革が最大の課題ですね。

 特に「カネを握っている人」の意識が変わらないといけません。そのためには「デザインの力」の数値化が必要です。というわけで、今一橋大学データ・デザイン研究センターで「デザイン経営の標準KPI策定」の研究に取り組んでいます。ソニー社内の仕組みを基に、デザイン組織のパフォーマンスを定量的に評価する指標を作ろうとしているのです。こんなことをしていると「鷲田はデザイナーばかり出世させようとしてる」と憎まれるのですが、権力争いが起きるところまで来たと思えば、悪いことではありません。

――経営層でデザイナーが活躍するようになると、企業活動はどう変わるでしょうか。

 より創造的になると思います。課題解決に向き合う姿勢として「アナリシス(分析)」と「シンセシス(構成)」があります。原因を明らかにして、それをつぶそうとするのが前者、つぶせなかったときに別の道を探るのが後者です。科学者はアナリシスにたけていますが、デザイナーはシンセシスがうまい。原因がつぶせなかったときに、それでもできることがないかを考えるのが「創造性」です。

 コロナ禍でも、初期は各国がウイルスの封じ込めに躍起になりましたが、ゼロが無理なら、どこかで共存の方法を探るしかない。マスクを外せないなら、せめてマスクをかわいくしようとかね。感染症の専門家は「そんなの無意味」と笑うでしょうが、ささいなことの積み重ねが、実は解決に向かう一つの道になり得るのです。

 貧困層にどれだけ就職をあっせんし、カネを配ってもスラム街はなくならない。それならいっそ「スラム街を観光地にしよう」というアプローチもあり得ます。貧困を売り物にするな、という批判は出るでしょう。でも、他者を招き入れるとアンタッチャブルではなくなり、少なくとも変化の糸口になります。地球温暖化も、CO2削減だけじゃなく、気温が上がった世界で暮らす方法を真面目に考えなくちゃいけない時期だと思います。

 複雑な問題は、アナリシスだけでは解決できません。しかし、技術者や科学者は原因が根絶できないことを認めたがらないので、行き詰まると思考停止してしまう。特にエリート教育を受けてきた人ほどプレッシャーに脆弱です。技術で行き詰まっても絶望せず、たくましく解決策を探り続けるためには、デザイナー的な思考が必要なのです。

――エンジニアリングとデザインの融合という意味では、デジタル監の浅沼氏のようなエンジニア出身のデザイナーも増えているように思います。

 これはいい動きだと思います。企業内エンジニアも、どんどんデザイナーを名乗ればいいんです。エンジニアが、手持ちの知識と技術を深めるだけで出世できる時代は終わりました。これからは横に広げていかなくちゃいけない。技術が同じでも、色や形、あるいは使い方を変えるだけで、まったく違う商品が生まれることはみんな知っています。デザインの要素を加えるだけでイノベーションにつながるのです。こうした動きを起こすには、開発プロセスの上流にデザイナーが必要です。経営者が理想ですが、参謀的な位置付けでもいい。すると、会社もビジネスも変わっていくと思います。