家電業界が先導する「デザイン経営」ムーブメント

――期待はあるけれど、自分がどこまでを理解し、どこまでを決めるべきかを認識しあぐねた、2000年前後のIT革命に対する経営者の態度と重なる気がします。

 まさにそうで、このままではITで世界に後れを取った二の舞です。もちろん、先駆的な企業もあります。私としては、手本にすべき事例を、ある意味「祭り上げ」ながら、経営者の意識を変えていきたいと思っています。

日本企業のイノベーションに「デザイナーの力」が不可欠な理由Yuichi Washida
一橋大学大学院経営管理研究科教授 一橋大学卒業後、博報堂入社。マーケティングプランナーとなる。同社生活総合研究所、研究開発局、イノベーション・ラボにおいて、消費者研究、技術普及研究に従事。2003~2004年、マサチューセッツ工科大学メディア比較学科へ研究留学。2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2011年、一橋大学大学院商学研究科准教授、2015年、同教授。2018年より現職。2020年より一橋大学データ・デザイン研究センター長を兼務。主な著書に『デザインがイノベーションを伝える』(有斐閣、2014年)、『イノベーションの誤解』(日本経済新聞出版社、2015年)、『デザイン経営』(有斐閣、2021年)などがある。

――例えば、どのような企業に注目されていますか。

 組織デザインも含めて、大胆にデザイン経営に取り組んでいるのはパナソニックですね。もともと家電や住宅設備の業界には「技術とデザインは不可分」という意識が強い。臼井重雄さんがデザイナー出身初の執行役員に就任したことで、その姿勢が明確になりました。業績に反映されるのはこれからだと思いますが、非常に良いメッセージになっています。ソニーも、クリエイティブセンター長の長谷川豊さんが非常に発信力のある人だし、世界からも尊敬されている。いずれも注目し、期待しています。

 自動車も技術とデザインの距離が近い産業なので期待していますが、現状では電気自動車への本格シフトのための技術革新が大きな課題ですから、デザインを最優先しにくいのはやむを得ないでしょう。

――メーカー以外の企業はいかがですか。

 かつては技術志向が強かったIT企業に、ユーザー重視のデザイン思考がかなり浸透しているのは好材料ですね。NECはデザイン経営の宣言時から積極的に推進しようとしていますし、NTTデータやNTTコミュニケーションズなどは、デザイン組織を立ち上げて、意外にサービスデザインの知見を積み重ねています。ITは中国や米国が強いので、デザインがすぐにグローバルな競争力に直結するとまではいえませんが、良い動きだと思います。

 運輸、観光、飲食あたりのサービス業にも期待していましたが、今はコロナ禍で受けたダメージを立て直すのが先決です。製造業が円安で苦境に立たされ、期待していた観光産業がダメージを受け……。今、本当に日本経済のエンジンがなくなっています。