早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。24万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も「結論に急き立てられる我々が『考える』ことを取り戻すために」と推薦している本書。何事につけても「速さ」がもてはやされる世の中で、いまこそ「遅い思考」が求められる理由とは? 植原氏の大ファンを公言する読書猿氏をゲストに迎え、「遅考」の核心を語り合ってもらった。今回のテーマは「『遅い思考』が必要な理由」について。

遅考術 独学大全Photo: Adobe Stock

「遅い思考」とは「人間らしい思考」である

――「即断即決」「頭の回転が速い」などがポジティブな意味で使われるように、ビジネスのシーンでは「速い思考」が重んじられてきたように思います。いま、「遅い思考」が求められる理由を、改めてお聞かせください。

植原亮(以下、植原):いわゆる「二重プロセス理論」では、人間の思考を「直観(システム1)」と「熟慮(システム2)」に分けて考えます。システム1が「速い思考」で、システム2が「遅い思考」と言い換えることもできるでしょう。

この分類において、直観で考えるということは、人間以外の他の動物もやっていることであり、とりわけ人間らしい思考というものがあるとすれば、それは遅いほうになります。

せっかく人間に生まれたわけですから、人間らしい知性のあり方がきちんと発露するような議論をしたくありませんか?というのがまずひとつですね。

もうひとつは、遅い思考が実生活にも役立つはずだからです。

以前の記事で読書猿さんがおっしゃった「哲学、役に立つじゃん」という言葉を、自分としてはかなり真剣に受け取っているのですが、まさに哲学こそが遅い思考の典型例だという思いはあります。

遅考術』でも、「わざわざそこを蒸し返さなくてもいいのでは?」みたいなところから前提を吟味しなおしたり、「それって本当に正しいの?」という問いかけを絶えず繰り返したりすることを訓練として行っていますが、哲学の思考の核心は、やはりそこにあるんですね。

それは、決してアカデミックな閉じた世界だけで求められるものではなく、早とちりや事実誤認といった思考のエラーを防ぎ、情報を正しく吟味することに役立つという点で、普遍的に通用するものだと思うのです。

世の中は「遅い思考」のおかげで成り立っている

読書猿:世間に流布している勉強法の多くは、残念ながら「システム1」のほうを騙して調教するようなやり方です。

ちょっといい進学校に通っていて、勉強は本来あまり好きではないけれど、受験のために一生懸命勉強しているような子たちは、目の前に問題を置かれると、すぐに解きはじめる。

「これは何を問う問題なのか?」みたいなことは全然考えずに、本当に反射神経だけで解いていく感じなのです。

制限時間の厳しいテストに合格するにはそうするしかないのですが、でも、われわれが何のために学ぶのかといえば、いくらかでも賢くなりたいからですよね。システム1の調教は、それだけで賢くなる道ではありません。

せっかく学んでいるのに、知っている問題を反射神経で解くことが唯一の目標になっているのだとすれば、それはもったいないと思うのです。

なぜなら、そうではない問題、それこそ解けるか解けないかもわからないような問題に一生懸命取り組んだ人たちがいたからこそ、その成果がさまざまな形でわれわれの日常を支えているはずだからです。パソコンのような機械の仕組みにしても、法律のような制度にしても、世の中は人間が考えて、工夫して、失敗して、それを何度も乗り越えたすえに生まれたもので成り立っている。

そのことに気づくと、知識というものは時間がかかる思考と共にあるものだということが実感できるのではないでしょうか。

植原:いまおっしゃったように、その問題でどのような解答が求められているのかを即座に見抜き、反射的に「正解」を出すためのトレーニングをすることが「学び」だと考えるのは、大学に入りたての若者によく見られる態度です。

そうなってしまうと、時間をかけた検討を通じて答えを出していくような、反射神経型ではない学習の機会が与えられたときに、「これは勉強ではない」と思ってしまう可能性さえ出てくる。このあたりは、非常に大きく危惧するところですね。

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遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。

読書猿(どくしょざる)
ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。
自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。
『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。本書は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした主著。なお、「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。
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