なぜ、「正論」を主張しても、組織は1ミリも動かないのか? 人と組織を動かすためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」を磨く必要があります。4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。
「剛腕経営者」が、
真の実力者ではない理由
無闇に「波風」を立てない──。
これは、これまで私がご一緒してきた「本当に仕事ができる人」に共通するポイントです。
ビジネスパーソンを主役とするテレビドラマや映画では、しばしば”切った張った”のドラマが展開されるものですが、あれは、あくまでもエンターテインメントの世界の”作り話”にすぎません。
リアルな職場で、そのような「波風」ばかり立てているようでは、組織がガタガタになるばかりで、“迷惑な存在”でしかありません。「本当に仕事ができる人」は、不要な「波風」が立たないように、あらかじめ関係者と丁寧な合意形成を図って、スムーズにコトを進める「ディープ・スキル」に長けています。その意味で、「本当に仕事ができる人」は”非ドラマチック”な存在なのです。
ある名経営者がこんなことをおっしゃっています。
「よくメディアで、”社内の抵抗勢力を抑えつけて、事業改革を成し遂げた剛腕経営者”をもてはやす論調を見かけますが、私は、ああいうのをあまり信用していません。だって、真に実力のある経営者であれば、何かを仕掛けるときに、十手先、二十手先を読んで、抵抗が起きないように事前に手を打つはずでしょ? 無駄な軋轢を生じさせると、経営効率が悪化するだけですからね。
もちろん、極端に業績が悪化したときなど、剛腕を発揮せざるを得ないこともあるでしょうが、本来は、そういう事態に陥っていること自体が”経営の失敗”というべきなんですよ。
だからね、一見、ニコニコしているだけで何もしていないように見えるのに、ずっと安定した業績を上げている経営者こそが、真の実力者なんじゃないかと、私は思っているんですよ」
これは、実に含蓄のある言葉だと思います。
経営者に限らず、現場においても、「本当に仕事ができる人」は、十手先、二十手先を読んで、不要な「波風」が立たないように手を打っている。そのために、日頃から、本書で解説しているようなディープ・スキルを磨いているわけです。
十手先、二十手先を考えて、
あえて「波風」を立てる
ただし、十手先、二十手先を考えたうえで、あえて「波風」を立てるべき局面もあることは認識しておく必要があります。「波風」を立てるべきときに、しっかりと立てておかないと、後々に禍根を残すことがあると言ってもいいかもしれません。どういうことか? 私の失敗談をもとに解説したいと思います。
もう随分と昔、リクルートに在籍していた頃のことです。
私は、現在の「SUUMO」の前身である、『住宅情報』という住宅情報誌に関連した新規事業を開発したことがあります。
当時の『住宅情報』では、基本的に新築マンションの広告を「棟」ごとに受注して、誌面に掲載していました。新聞やチラシの広告も「棟」ごとに掲載されおり、それが当時の常識でした。しかし、その結果、新築マンションの情報を求めている読者にも、広告主である企業にも、「不」が生じていました。
というのは、読者のなかには、「上層階の住戸が欲しい」とか、「庭の付いた一階住戸がよい」とか、「広いルーフバルコニー付き住戸なら、駅から多少離れたマンションでもよい」など、明確なニーズをもつ方も少なからずいらっしゃるからです。そんな読者にとっては、「棟」ごとの新築マンション情報だけでは「不足」なのです。
あるいは、広告主にとっては、新築マンションを一斉販売するときには「棟」ごとの広告を掲載するのが効率的なのですが、それだけでは、「売れ残った住戸」の広告を掲載することは不可能。ここにも、「不満」があったわけです。
そこで、この両者の「不」を解消するべく、私は、「住戸」ごとの新築マンション情報を、希望する会員読者に定期的に送るという新しい「広告商品」を企画。当時の新築マンション業界においては、大きなイノベーションであると自負していました。
もちろん、当時はインターネット前夜でしたから、すぐに大きなビジネスに成長させるのは難しいとは思っていました。しかし、先手を打って新規事業に投資することによって、間もなく到来するインターネット時代に備えるべきだと主張して、承認を勝ち取ることに成功。事業開始後も着実に売上が上がり、当初の見込みどおり、読者と広告主の「不」の大きさを実感することができました。
「波風」を立てるのを恐れた結果、
“最悪の事態”を招くことがある
ところが、事業開始から数年でサービスを終了せざるをえなくなりました。
その最大の理由は、広告営業と運用にかかる手間を事業部が許容できなかったことにあります。私としては、5年後、10年後を見越した情報プラットフォームを構築する一環として進めていた事業だっただけに痛恨の極みでしたが、実は、私にもおおいに反省すべきことがありました。
というのは、企画していた時点で、私は、この新規事業を動かすためには、かなりの手間がかかることを認識していたからです。しかし、それを明言すると、現場からの反発が起き、承認が取れないかもしれない……。そう懸念したために、そのことを伏せたまま承認を取り付けてしまったのです。
これが、致命傷となりました。
いくら私が、「いまは手間がかかるけれど、いずれ改善できる。インターネット時代が来るまで、もう少し耐えるべきだ」などと主張しても、「こんなに手間がかかるなどと言ってなかったではないか?」と現場に問い詰められれば、返す言葉がありません。そして、経営陣からのサポートも得られず、あえなく“撃沈”させられたわけです。
つまり、起案時に「波風」を立てるのを恐れたばかりに、事業中止という最悪の結果を招いてしまったのです。
承認を受けるとき、手間がかかることを明言すれば、おそらく、現場からの猛反発が起きて、かなりの「波風」が立ったでしょう。
しかし、そこに意味があったのです。「波風」を立てることにはなりますが、「その手間を引き受けてでも、この事業を成功させることで、来るべきインターネット時代における”大きな成功”を手にすることができる」という「角」の立った議論をすることで、この事業に込められた「意義」についての議論を深めるとともに、それを社内で共有することにつながったからです。
そのうえで、現場の人々とも丁寧に話し合って、「運用しながら、手間を軽減していく方策・目標」について合意形成をすればよかった。あるいは、経営陣に対しても、「数年間は手間やコストがかさみますが、5年後、10年後を見越した情報プラットフォームを構築するという、長期的な視点で取り組みましょう」と真正面から訴えておけば、もう少し充実した事業体制を準備してもらうこともできたかもしれません。
このように、「波風」を立てるべきときには、しっかりと立てることが大切。あえて「角」の立った議論をぶち上げることで、社内の議論を深めることに大きな意味があるからです。十手先、二十手先を見通すならば、最初の段階で「波風」を乗り越えておく。その「覚悟」を決めることも、重要な「ディープ・スキル」なのです。
(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)