なぜ、「正論」を主張しても、組織は1ミリも動かないのか? 人と組織を動かすためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」を磨く必要があります。4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。
「後ろ盾」となる上役は、
なぜ裏切るのか?
組織の中で何かを成し遂げるためには、「後ろ盾」となってくれる上役の存在がきわめて重要です。
これまでにないことを成し遂げようとすれば、社内にはさまざまな反発や抵抗が生じるものです。そのプレッシャーを跳ね返すことができる、影響力の強い「後ろ盾」がなければ、担当者レベルだけでは到底もちこたえることはできないでしょう。
だから、私がコンサルタントとして伴走する際には、事業の企画案を磨くだけでなく、その案を社内で推進する「後ろ盾」になってもらえる上役を見つけ、緊密にコミュニケーションを取るようアドバイスしています。組織の中で案を通していくためには、しかるべき立場の「後ろ盾」となる上役と信頼関係を深めるプロセスが不可欠なのです。
しかし、残念ながら、この努力は時に裏切られます。応援してくれていると思っていた上役に、「はしごを外される」ようなことが往々にして起きるのです。
これは辛い。「はしご」を外された担当者にすれば、それまでの努力が水の泡になるだけではなく、社内のさまざまなプレッシャーに直接さらされるわけですから、理不尽な「仕打ち」としか思えません。私も何度か、そういう目にあった担当者の相談を受けたことがありますが、誰もが「はしごを外した上役」に対する怒りをにじませていました。
もちろん、その気持ちは痛いほどわかります。しかし、上役を責めたところで何も変わらないのも事実。むしろ、上役が「はしご」を外した背景にある人間心理、組織力学に目を凝らせば、上役の行動にも理解できる側面があることがわかります。そして、やっておくべき「対策」があったことにも気づかされるのです。どういうことか? 具体的なケースをもとに考えてみましょう。
“時の人”だった課長が
四面楚歌に追い込まれた理由
ある大手企業で新規事業を任された田中課長(仮名)も、「はしご」を外された苦い経験があります。
当時、その企業は、売上の長期低迷傾向に歯止めがかからない状況に陥っており、危機感を抱いた社長が経営会議で「この状況を打開する強力な新規事業を至急検討せよ」と指示。担当役員を任命されたA取締役が、具体策を取りまとめる担当者として指名したのが田中課長でした。
それから約1年間、田中課長は、通常業務をこなしつつ具体策の取りまとめに奔走。A取締役と常にコミュニケーションを取りながら、関係部署の協力を仰ぐために頭を下げて回る気苦労の多い役回りでした。
そして、売上低迷の主因である「顧客層の高齢化」から脱却し、「若年層の顧客」を開拓するために、「販路の拡大」や「新製品の開発」などを行うという具体策をまとめ上げました。A取締役から「君に任せる」と言われ、経営会議では田中課長がプレゼン。数度の修正を余儀なくされましたが、見事に社内承認に漕ぎ着けました。
さらに、このプロジェクトを推進する新部署を創設するとともに、田中課長がその推進リーダーに抜擢されることが決定。経営陣から「我が社の次世代を担う気持ちで頑張ってほしい」と大きな期待が寄せられたほか、社内報にインタビュー記事が掲載されるなど、田中課長は一躍”時の人”となりました。そんなスポットライトを浴びることが、内心ではとても嬉しかったようです。
ところが、いざ実行に移そうとすると、いくつもの壁が立ちはだかりました。
事業プランを取りまとめるときには、理解を示していたはずの関係部署がなかなか動いてくれなかったのです。既存販路の維持だけで手一杯だった営業部は、新規販路の開拓にまで手を回す余力がなく、製造部にも「新製品の開発は優先順位が低い」と後回しにされてしまいます。
そうこうしているうちに、あっという間に半年が経過。いくらかユーザー調査が進んだくらいで、具体的な進展はゼロのままでした。
焦った田中課長は、必死になって営業部や製造部などを説得しようとしましたが、風当たりは強くなるばかり。ついには、「既存販路に集中し、既存製品の拡販に力を入れたほうがよいのでは?」「そもそも我が社が苦手としている若年層を取り込むことなどできるのか?」といった声まで出てくる始末でした。
さらに困り果てたのは、「後ろ盾」として頼りにしていたA取締役までもが、弱気な発言をするようになったことです。田中課長は、「ここが正念場です。なんとか力を貸してください」と何度も訴えましたが、A取締役からは曖昧な言葉しか返ってきませんでした。
そして、引導を渡されたのは経営会議で進捗報告をしたときのこと。田中課長が冷や汗を垂らしながら苦しい説明を終えると、社長は眉根を寄せ、役員たちが押し黙るなか、なんとA取締役が、「残念だが、時期尚早だったのかもしれないね……」と発言。その瞬間、田中課長の目の前が真っ暗になったそうです。
「”勝ち馬”に乗りたい」という
身も蓋もない人間心理
こうして、「はしご」を外された田中課長。
当時、このプロジェクトに伴走していた私も、自分の力不足を思い知らされました。そして、十分なサポートができなかったことを田中課長に詫びるとともに、改めて、A取締役の目線でこれまでの経緯を捉え直してみました。