なぜ、「正論」を主張しても、組織は1ミリも動かないのか? 人と組織を動かすためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」を磨く必要があります。4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。

社内で「批判」を浴びても、飄々と「結果」を出す人の思考法写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

すぐに「9回裏ツーアウト」と
思うからおかしくなる

「みんなすぐに、“9回裏ツーアウト”だと思うから、おかしくなる。まだ“4回の表”ぐらいだから、慌てるなって言うんだ」

 これは、リクルート時代の私の上司の言葉です。担当事業がうまくいかずピンチに陥ると、文句やケチをつける人が社内にあらわれるなど、組織的な重圧が否応なく強まってきます。「それに過剰に反応せず、冷静に対応せよ」ということを、彼ならではの言い方で表現しているのです。

 これは、真理を言い当てていると私は思います。

 ビジネスにおいて、私たちは時に、頭が真っ白になるようなショックに見舞われることがあります。特に、新規事業のような困難なチャレンジをすれば、仕事が思うように進まずに苦しんでいる最中に、思わぬトラブルに見舞われたうえに、多方面から批判を浴びるようなこともあります。私自身、あまりのショックに呆然自失したことは、一度や二度ではありません。

 こういうときに最もいけないのは、精神状態が不安定なまま何か重要な判断をしようとすることです。「9回裏ツーアウト」の絶体絶命のピンチなどと思い込んだまま、追い詰められた精神状態で拙速に何かをすると、必ず墓穴を掘ります。精神状態が歪んでいると、思考も歪んでしまうからです。

 だから、ひどいショックに襲われたときは、まずは健全な精神状態を取り戻すことが大事です。というか、自分の置かれている状況を、冷静な目で見つめ直せばいいのです。

大切なのは「やるべきことをやりきる」こと

 企業人として、きちんと組織的な承認を得ながら仕事を進めている限り、たとえ担当事業に失敗したとしても、その全責任を負う立場にはありません。もちろん、担当者としての責任が問われるのは当然のことですが、“クビ”にされて家族を路頭に迷わせるような筋合いの話ではないのです。

 それに、会社に損失を与えたとしても、その損失を補填する必要もない。人の生死にかかわるような仕事であればその限りではないですが、ほとんどの場合は次の仕事で取り返せばいいだけの話です。しかも、何らかのトラブルが起きたとしても、相手は人間。真正面から誠実に向き合えば、解決の糸口は見つけ出せます。ビジネス上のトラブルで、解決不能なものなどそうそうあり得ることではないのです。

 そう冷静に考えれば、多少の困難に見舞われたとしても、企業人・組織人として「9回裏ツーアウト」などという状況にないことは明らか。せいぜい「4回の表」くらいのもの。ことさらに「深刻」になる必要などないのです。

 大切なのは、「やるべきことをやり切ること」。落ち着いて対応していけば、まだまだ挽回可能であるはずです。

 こうして、健全な精神状態を取り戻すことができれば、苦境を乗り越える「打ち手」は見えてくるものです。少なくとも、精神的なショック状態のまま拙速に何かをやって、墓穴を掘るような事態は避けることができるでしょう。

(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)