反抗できるためは、ある程度、親に余裕が必要である──。医師・臨床心理士の田中茂樹先生の言葉を聞いたとき、衝撃を受けました。離婚や別居、DVやモラハラ、義両親との同居でのストレスなど、家庭に余裕がない状況では、子どもは心の混乱をうまく外に出すことができず、自己主張の手段を見失ってしまうと言います。正解の見えない「反抗期」の過ごし方。繊細な子どもの心に、大人はどのように触れればいいのでしょうか。
今回は、思春期に反抗期がなく、22歳になってから反抗期がきた当事者として抱いていた疑問を、気が済むまでぶつけてみることにしました。『子どもが幸せになることば』の著者である田中茂樹先生は、共働きで4人の子を育てる医師・臨床心理士。20年間、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けてきた田中先生に、反抗期の疑問をじっくり聴きました。親にとっても子どもにとっても、苦しい時間が続く「反抗期」の謎についてとことん掘り下げます。聞き手は、『私の居場所が見つからない。』著者、川代紗生がつとめます。(取材・執筆/川代紗生、構成/編集部:今野良介)

(※このインタビューは、ニュース番組『ABEMA Prime』反抗期特集[10月5日放送]をきっかけに行われました)
「反抗期の子どもを論破する親」がどれだけ危ういか、当事者が医師に聞き尽くす。

子どもの主張をからかう「価値下げ」とは

川代紗生(以下、川代):「反抗期」に関して、以前から疑問に思っていたことがあるんです。

よく、「反抗期だけど、親が動じなかったから一瞬で終わった」みたいな話が、ほのぼのエピソードとして話題になることがあるじゃないですか。

「うちの子に反抗期がきた。あんたもようやく反抗期が来たのね! お祝いしなきゃ! とあたたかい目で見守った」
「子どもより親の方が一枚上手」
「母親が平然としてるから、反抗期の自分が恥ずかしくなった」

……みたいな。

田中茂樹(以下、田中):ああ、ありますね。

川代:たしかに、微笑ましいやりとりだとは思うんですけど、実際に反抗期がなかった当事者としては、素直に笑えないというか、昔を思い出してちょっと複雑な気分になるんです。

田中:うん、うん。

川代:というのも、私自身も中学生くらいのとき、「反抗期で親を困らせる子が友達でいるけど、子どもっぽいよね。ダサいよね」みたいな話を親とよくしてたんです。「反抗期がない自分」に誇りを持ってすらいた。

でも、30歳になったいまふりかえると、「反抗する=望ましくない態度」みたいに、自分を抑制していた気もするんですよ。

「反抗期の子どもを論破する親」がどれだけ危ういか、当事者が医師に聞き尽くす。川代紗生(かわしろ・さき)
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。2014年から書き始めたブログ「川代ノート」が注目を集め、「親にまったく反抗したことのない私が、22歳で反抗期になって学んだこと」など、平成世代ならではの葛藤を赤裸々に綴った記事が人気を博す。「天狼院書店」の店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、看板メニューに。メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。現在は、フリーランスライターとして活動中。2022年2月、「生きづらさをエネルギーに変える方法」について模索したエッセイ『私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)を出版。【Twitter】@kawashirosaki

田中:子どもの主張をちゃかすのは、一見、余裕があるふうに見える。でも本当は、親のほうに不安があるからそういう言い方をしている場合もあると思います。

子どもが変わっていくことが不安だから、「たいしたことない」ものとして扱って、自分の心を守ろうとする。

心理学では「価値下げ」っていうんですけど。

川代:「価値下げ」?

田中:つまり、出来事の価値を軽く見ようとすること。自覚なしにやってしまうことがほとんどです。せっかく子どもは自己主張しているのに、それをからかったり、冗談めかして誤魔化そうとしたりすると、子どもの自尊心を傷つけてしまうこともあります。

川代:子どもの頃に笑われた記憶とかって、大人になってもずっと残ってたりしますもんね。

田中「嫌なことを嫌だと主張できない子」になってしまう、というケースも多いです。

それと、さっきの「生意気な子ども」と「ちゃかす親」の例で言えば、反抗期がきた子どもに対して、たとえばお母さんが不安になっているときは、お父さんがそれに気づかないといけないですよね。

「我が子が反抗期になったけど、うちの妻の方が一枚上手でした」
「こんなにおもろいことがありました」

って呑気にしてる場合じゃなくて、いままでかわいかった子どもが変わっていく恐怖・寂しさを味わっている妻に寄り添わないといけないんです。

川代:めちゃくちゃ怖いですもんね。

田中:はい。小さい頃からずっと育ててかわいがってきた子が、どんどんちがう人間、わからない人間になっていくというのは、すごく寂しくて、怖いことなんですよ。それをパートナーも理解して真剣に受け止めないといけないですよね。もちろん、母と父が逆でも同じことです。

「反抗期の子どもを論破する親」がどれだけ危ういか、当事者が医師に聞き尽くす。田中茂樹(たなか・しげき)
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。文学博士(心理学)。京都大学医学部卒業。共働きで4児を育てる父親。信州大学医学部附属病院産婦人科での研修を経て、京都大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。2010年3月まで仁愛大学人間学部心理学科教授、同大学附属心理臨床センター主任。現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事。病院と大学の心理臨床センターで17年間、不登校や引きこもり、摂食障害やリストカットなど子どもの問題について親の相談を受け続けている。これまで5000回以上の面接を通して、子育ての悩みを解決に導いてきた。著書に『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『子どもを信じること』(さいはて社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)などがある。

反抗期とは「自分の混乱を安心して出す」こと

川代:無意識のうちに、気をつかって「親の望む自分」を演じてしまうことって、よくあるんでしょうか?

私がそうだったんですけど、たとえば「反抗期ではあるけど、親の求める形で自己主張できる自分」を演じてしまうみたいな。「〇〇さんや、△△さんちは反抗期で大変そうだけど、うちの子は反抗期が短くてよかった」って思ってもらいたくて。

田中:自分の気持ちより親の期待を優先してしまう感じでしょうかね。

川代:そうですね。

田中反抗できるためは、ある程度、親に余裕が必要なんですよ。親に対して「反抗しても大丈夫だ」と子どもが無意識に感じていないと、反抗は難しい。

川代:無意識に。

田中:うん。言葉でいくら「大丈夫」って言われても、無意識に「大変そうだな」と感じていたら気をつかってしまうから。

川代:そっか。心から安心してるから反抗するんだ。

田中:あと、子どもは多くの場合、反抗的な態度や言動をぶつける相手を選んでるんですよ。親、祖父母、先生とか、自分を保護・指導する立場の相手に反抗しても、一般的な他人につねに反抗するわけではない。反抗期だからって、通学途中で会う人みんなに反抗しまくってコンビニでも暴れまくるみたいなことはあんまりないですよね。

川代:たしかに(笑)。

田中:親の側に余裕がない状況では、子どもはそれを察知して反抗すること──つまり、自己主張や、自分の混乱を安心して出すことを控えるんですよ。

川代:自分の混乱を安心して出す?

田中:たとえば子どもが何かを忘れて「あー、なんとかがないー!!」とかわーっと言ってる時に、「なんでそんなん準備しとかへんねーん!」ってこっちも巻き込まれたりしますわね。でも、そういうのも、親に反応してもらえないってわかってたら言わないですから。

「お母さんを守りたい。」
反抗期がない子の特徴

川代:「親に余裕がないケース」というのは、たとえばどういう状態ですか?

田中:親に余裕がないケースの代表的な例としては、

・離婚や別居、DVやモラハラなど夫婦の問題がある
・義両親との同居などでストレスがある
・失業や転職など経済的な問題がある
・親や家族がけがや癌など病気になった
・不安や抑うつなど精神的な問題がある

とかですね。

たとえば、義両親との同居などでストレスがあるって言うのはよくあるケースなんですけど、いつもお母さんが陰で泣いてるのに「今日の弁当まずかったわ!」とか「こんな服着れるか!」とか、言えないじゃないですか。

川代:そうですね。「私が支えなくちゃ!」ってなります。

田中:親がすごくしんどい状況なのに、甘えられないですよね。反抗っていうのは、言い換えれば甘えなんですよ。それを大人側の視点で「反抗期」という名前をつけてるだけだから。

川代:私が小さい頃は、母親がとにかく働く人だったんです。平日も土日も休みなしに。他の子の家と比較して裕福な家庭じゃないっていうのも、なんとなくわかってました。

田中:川代さんは、「お母さんが大変だ」って、無意識にジャッジしてたのかもしれませんね。親に安心してぶつかっていける呑気な状況じゃなくて、子どもから見て親を支えたい、守りたいって思うような状況のときに「反抗期」は訪れないんじゃないかと思います。

自己主張の「内容」ではなく「勇気」を認める

川代:とはいえ、子どもの反抗期でクタクタで、どうコミュニケーションをとればいいかわからないという人も多いと思います。親として、どうリアクションしたらいいのでしょうか?

田中:僕も何度も経験があるけど、子どもがムキになって、親から見ればおかしい主張をしてくると、「この子のためにもこれは正してやらないと」って、こっちもムキになって言い返しちゃうんですよね。

でも、子どもにすれば、幼いころから大いなる存在であった親に立ち向かうのは、かなり悲愴な覚悟を伴うもの。だからこそ親がするべきなのは、主張の「内容」ではなく、意見を表明した「勇気」を認めることなんです。

川代:そうなんですね。つい、主張の「内容」に注目しちゃいそうですけど……。

田中:子どもの欲求は、親から見れば未熟だったり自己中心的だったりするけど、その時期を経て自己主張の力が育つんですよ。

川代:言ってきたことが明らかにおかしかったらどうするんですか?

田中:子どもの意見に賛成できないのであれば、控えめに主張する。でも、議論の正しい結末を求めて「論破」するのではなく、乏しい根拠でもがんばって意見をぶつけている勇敢さを喜ばしいこととして認めて、歓迎することです。

小言を言ったり、指示をしたり、子どもに対して「操作的な会話」をしすぎると、子どもは自分の好きなように動くことを諦めてしまうんです。

親に従ったら「いい子ね」と褒められるから一時的な安心は得られるけど、それが続くと、「自分は無力で、自分の思いを通そうとしないことが相手を喜ばせるんだ」と学習してしまう。

すると子どもは、自分の思い通りにすることは悪いこと、怖いこと、相手を傷つけることだと思い込むようになる。そして思春期までそれが続くと、「独立したい」という気持ちに対しても罪悪感を持つようになるんですよ。

川代:なるほど……。反抗期がないことには、そういう危うさもあるんですね。

田中:「あなたが去っていくことは私を不幸にすることじゃないよ」って、伝えることができたらいいですよね。あなたが自立していくことを私は嬉しいと思ってるんだよと、言葉にしなかったとしても、わかってもらうこと。

「自分がいなくなったら親が不幸になる」と思ったら、出ていけなくなっちゃいますからね。(第2回終わり)

第1回の記事はこちら→【私、反抗期がなかったんですけど大丈夫でしょうか?】誰にも相談できなかった「生きづらさ」の正体について、医師に聞いたら泣くほど納得した。