「イヤイヤ期も反抗期もなくて、本当にいい子だった」。小さい頃から親にそう褒められて育ってきた私は、親に反抗しない自分を誇りにすら感じていました。しかし、22歳になって突然、反抗期がやってきたのです。大人になってようやく「親の望み通りのいい子」をやめ、自分の本音を出せるようになった私は、「反抗期」とは忌み嫌うべきものではないのかもしれない、と考えるようになりました。
親に楯突き、言うことを聞かない我が子の反抗期。できればこないまま、平穏に成長してほしいと思う人も多いかもしれません。しかし、反抗期がないことは、のちのち別の「生きづらさ」を生んでしまう可能性もあるのではないか。今回は、ずっと抱いていたその疑問を、専門家の先生にぶつけてみることにしました。
お会いしたのは、『子どもが幸せになることば』の著者・田中茂樹先生。共働きで4人の子を育てる医師・臨床心理士で、20年間、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けてきた田中先生に、反抗期の疑問を全3回にわたってじっくり聴きました。はたして「反抗期」とは何か。何のためにあるのでしょうか。親にとっても子どもにとっても、苦しい時間が続く「反抗期」の謎について、とことん掘り下げます。
聞き手は、『私の居場所が見つからない。』著者、川代紗生がつとめます。(取材・執筆/川代紗生、構成/編集部:今野良介 初出:2022年12月3日)
そもそも「反抗期」は親目線の言葉
川代紗生(以下、川代):田中先生、今日は、すごく楽しみにしていました。『子どもが幸せになることば』も読ませていただいて、刺さる言葉がありすぎて、何度も泣いてしまいました。
田中茂樹(以下、田中):ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。
川代:いきなり初歩的な質問になってしまうんですけど、そもそも「反抗期」っていったい何なのでしょうか?
田中:「反抗」というのは、親から見た言い方ですよね。
川代:親から見た言い方。
田中:子どもからすれば、自分の感じたこと・思ったことを、率直に言ってるだけなんですよ。それを親が「素直な子だったのに」などど、それまで自分にとって居心地がよかった「子どもの姿」と比較して「反抗期」という名前をつけているにすぎないんです。
川代:同じ行動でも、子どもにとっては「自己主張」だけど、親にとっては「反抗」か。なるほど。
田中:もっと言うと、表面的な反抗をしていなくても「反抗期」ととらえてしまうこともあるんです。
川代:たとえば?
田中:多いのは、「返事をしなくなった」とか「以前のように反応しなくなった」とか。
「今日、ピザとろうか?」って言ったとき、以前なら「わーい」「やったー!」と喜んでたのが、何も反応がない。
子どもは自然とそうしてるだけなんだけど、親からすると、「あれ、反応がちょっとちがう?」「無視してるの?」みたいに、不安になってしまうんですよね。
こういうのは、子どもが大人になる過程で、当たり前に起こる変化なんです。だけど親は、ずっと元気な子が急にムスッとしはじめたら、やっぱり不安になる。「このごろ、なんや、むつかしなったなー」みたいに思ってしまう。
川代:そうですね、急に変わったら不安になるかも。
田中:うちにも子どもが4人いて、みんなもう大きくなったけれど、「おはよう」って言わないようになる時期が全員にありました。でも、どれだけわかってても、それまで「行ってきまーす」って元気に言ってた子が急に挨拶しなくなったら、やっぱりソワソワしますね。
川代:うーん、そうか。心理学の専門家である田中先生でもそうなら、どんな親も動揺して当たり前かも……。
じゃあ、心の中では「親に反抗したい!」と強く意識してるとは限らないってことですか?
田中:「もう、そういう反応をする歳じゃないしな……」くらいかもしれない。友達が親とそういう話し方してないな、と気がついて、ちょっと真似してみたとかもあるでしょう。
「反抗期」という言葉はいつ生まれたか?
川代:あらためて、「反抗期」という言葉の定義を確認したいのですが。
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。2014年から書き始めたブログ「川代ノート」が注目を集め、「親にまったく反抗したことのない私が、22歳で反抗期になって学んだこと」など、平成世代ならではの葛藤を赤裸々に綴った記事が人気を博す。「天狼院書店」の店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、看板メニューに。メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。現在は、フリーランスライターとして活動中。2022年2月、「生きづらさをエネルギーに変える方法」について模索したエッセイ『私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)を出版。【Twitter】@kawashirosaki
川代:一般的に、「イヤイヤ期」と呼ばれる2歳前後の自我の芽生えを「第一次反抗期」、そして思春期に訪れるものを「第二次反抗期」、私のように、大人になってからの反抗期を「第三次反抗期」と言ったりしますよね。
田中:反抗期はおもに発達心理学や自己心理学などの分野で扱われるので、詳しい分類については僕はよく分からないです。
川代:あ、臨床心理の専門用語じゃないんですね。
田中:子どもが意思の主張をするようになるのは当然であって、症状や病気じゃないからかもしれません。
川代:じゃあ、誰が言い出したんだろう。
田中:僕も、『ABEMA Prime』の出演に向けていろいろ調べてみたけど、大まかに理解した範囲では、1930年~40年ごろに「第二次性徴」、つまり、身体的な変化にあわせて子どもには「反抗期」がくるって言われはじめたようです。
川代:そんなに前なんですね。
田中:ただ、注意しなくちゃならないのは、「反抗期」という言葉が出はじめたころとは、時代も世代の考え方もどんどん変わっているということ。同じ「反抗期」という言葉でくくられていても、いまの反抗期と昔の反抗期は全然ちがうんです。
川代:どういうことですか?
田中:過去の「反抗期」に関する議論を調べたかぎり、昔は、社会がシンプルだったんですよ。親がやっていることを、子どもも、特定の年齢になったらやる。
「通過儀礼」という言葉があるように、昔は「これをしたらもう大人」という明確な基準があって、その基準に「従いたくない」と主張する。これが反抗期だったわけです。
川代:たしかに、昔の方が、子どもと大人の区別が明確だった。
田中:今よりもずっとわかりやすかったのだと思います。ところが、いまは親と同じ仕事をしない人や、親の近くに住まない人はたくさんいる。文化も多様で、生き方はさまざまでしょう。
「ここからは大人」っていう境目がはっきりしてないから、反抗も、画一的じゃない。だから、昔の研究で提唱された「反抗期」という考え方が、いまに当てはまるとはかぎらないですよね。
川代:そっか。そもそも前提条件がちがうんですね。
「反抗期」と「過干渉」
川代:「反抗期が終わらない」「大人になってもずっと反抗期」みたいな話も聞きますよね。親の言うことを聞かなくなって、それから20歳、30歳になっても、家を出てもずっとその関係性が続いてる、みたいな。
田中:それはね、親が反抗期を終わらせたくないんですよ。
川代:え? 親が、ですか?
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。文学博士(心理学)。京都大学医学部卒業。共働きで4児を育てる父親。信州大学医学部附属病院産婦人科での研修を経て、京都大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。2010年3月まで仁愛大学人間学部心理学科教授、同大学附属心理臨床センター主任。現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事。病院と大学の心理臨床センターで17年間、不登校や引きこもり、摂食障害やリストカットなど子どもの問題について親の相談を受け続けている。これまで5000回以上の面接を通して、子育ての悩みを解決に導いてきた。著書に『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『子どもを信じること』(さいはて社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)などがある。
田中:子どもを手放したくない。「子どもには、自分のかかわりが必要だ」って、確認し続けたい。子どもの成長を否認して、親の役割にしがみつこうとするんです。
川代:じゃあ、子離れできない親に対して、子どもが「もう大丈夫」って打ち返しているのを、「反抗期だ」って言い続けてるだけ?
田中:だって、とくに何もないのに、ときどき親のところに行ってどやしつけてくる子どもとか、なかなかおらんと思いますよ(笑)。いたとしたら、反抗期じゃなくて、また別の問題ですよね。
川代:そっか、たしかに(笑)。
田中:たとえばよくあるのは、何かにつけて「30歳すぎてるのに、まだ嫁さんもらわんのか」って言われるとかね。
とにかく、子どもにかかわりたがる親は多いんです。それに対して言うことを聞かなかったら「反抗期だ!」と言うような。
子どもが反抗期なんじゃなくて、親が過干渉なだけ、というケースもかなりあります。
川代:じゃあ、「反抗期」とは、「反抗されたくない」という親の気持ちを隠すための言葉なんでしょうか。
田中:もしくは、自分の思い通りに子どもが動かないことを嘆いている言葉かもしれない。
親は子どもの「練習台」になる
川代:結局、反抗期を通して、私たちは何を得ているのでしょうか?
田中:たとえるなら、乗っている車のエンジンや車体が自然と大きくなっていくような感じですね。運転してる人はなかなか気づけないけど、どんどん外側が変化し、成長していく。そういう身体や心の変化に伴って「社会的な位置の移動」を受け容れる過程。それが反抗期に起こることなんですよね。
川代:社会的な位置の移動?
田中:たとえば、留守番を頼まれるようになったり、買い物に行ったとき店員さんから敬語で接客されるようになったり、そういう社会的な人間関係や家族の中での位置の移動が起こるわけです。それを受け入れていく過程で、身体と心のバランスをとらないといけないんですよ。
そのとき、親はスクリーンになってくれる存在なんですね。自分がこう反応したら、他人はこう反応するのか。こう反応したらこう返ってくるけど、こういう言い方をしたらうまくいかないんだとか。親は、その練習台なんです。
川代:なるほど。
田中:社会に出ていくためには、対等な関係性を築かなきゃいけない。
子どものときの対人関係は、大人に守ってもらい、自分は従う。上から下への「縦の関係」です。そこから、身体・精神的に成長し、自分なりの考えが持ててくると、「縦の関係」から、より対等な「横の関係」に変化する。
その途中での周囲の態度の変化や、自分自身の感じ方の変化に順応するまでの不安定な状況を乗り越えなくちゃいけない。
川代:思春期のころって、子ども扱いされることもあれば、大人扱いされることもあって、そこが結構しんどいんですかね。
田中:自分は子どもだと思ってるのに、大人は大人として扱ってくるとか。その逆も起こりますよね。
川代:それだけたくさんの変化を受け止めなきゃいけないなら、不安をワーッと親にぶつけてしまうのも、わかる気がしますね。
田中:心の中は、結構しんどいと思います。だから「反抗期」じゃなくて、社会的な位置の移動の過程で今までとは違う反応の練習が必要なんだ、くらいに考えておくと、大人は気持ちがラクになるかもしれませんね。(第1回終わり)