NYタイムズが「映画『チャイナ・シンドローム』や『ミッション:インポッシブル』並のノンフィクション・スリラーだ」と絶賛! エコノミストが「半導体産業を理解したい人にとって本書は素晴らしい出発点になる」と激賞!! フィナンシャル・タイムズ ビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー2022を受賞した超話題作、Chip Warがついに日本に上陸する。
にわかに不足が叫ばれているように、半導体はもはや汎用品ではない。著者のクリス・ミラーが指摘しているように、「半導体の数は限られており、その製造過程は目が回るほど複雑で、恐ろしいほどコストがかかる」のだ。「生産はいくつかの決定的な急所にまるまるかかって」おり、たとえばiPhoneで使われているあるプロセッサは、世界中を見回しても、「たったひとつの企業のたったひとつの建物」でしか生産できない。
もはや石油を超える世界最重要資源である半導体をめぐって、世界各国はどのような思惑を持っているのか? 今回上梓される翻訳書、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』にて、半導体をめぐる地政学的力学、発展の歴史、技術の本質が明かされている。発売を記念し、本書の一部を特別に公開する。

「半導体」が米中対立の命運を決めるといえる理由Photo: Adobe Stock

ファーウェイの世界的な拡大を
ピタリと止めた米国の政策とは

 米海軍駆逐艦マスティン号が、5インチ砲を南に向けながら台湾海峡の北端に進入したその日、米海軍よりも中国指導部の頭を悩ませているものがあった。それは「エンティティ・リスト」と呼ばれる、アメリカの技術の国外移転を制限する米商務省の曖昧模糊(あいまいもこ)とした規制だった。

 それまでのエンティティ・リストは主に、ミサイル部品や核物質といった軍事システムの販売を阻止するために用いられていた。ところが、アメリカ政府は今、軍事システムと消費者向け商品の両方で広く使われるようになったコンピュータ・チップの輸出規制を、劇的に強化しようとしていた

 規制の標的にされたのが、スマートフォン、通信機器、クラウド・コンピューティング・サービス、その他の先進技術を販売する中国のテクノロジー大手、ファーウェイ(華為技術)である。

 アメリカが危惧を抱いたのが、ファーウェイ製品の価格だった。アメリカは、中国政府の補助金のおかげであまりに安価で販売されていたファーウェイ製品が、近い将来、次世代通信ネットワークの屋台骨を担うようになるのではないか、と恐れていた。

 そうなれば当然、世界の技術インフラに対するアメリカの支配力は揺らぎ、逆に中国の地政学的な影響力は高まるだろう。その脅威に対抗するため、アメリカの技術でつくられた先進的なコンピュータ・チップを、ファーウェイが購入できなくなるよう規制をかけたのだ。

 たちまち、ファーウェイの世界的な拡大はピタリと止まった。製品ライン全体が製造不能に陥り、収益は激減した。いわば技術的な“窒息”症状に見舞われたのだ。こうして、ファーウェイは、ほかの中国企業と同様、現代のあらゆる電子機器が依存している半導体の製造を、外国企業に大きく頼っているという事実に気づかされたのである。

中国が石油よりも重要視しているもの

 アメリカは、シリコンバレーの名前の由来となったシリコン・チップを現時点ではまだ支配しているが、近年、その地位は危険なほど弱まっている。現在、中国は半導体の輸入に、石油の輸入以上の額を毎年つぎ込んでいる状況だ。こうした半導体は、中国が国内で消費したり全世界に輸出したりするスマートフォンから冷蔵庫にいたるまで、ありとあらゆる機器に組み込まれている。

 実務経験に乏しい机上の戦略家たちは、中国の抱える「マラッカ・ジレンマ」(太平洋とインド洋を結ぶ主要な輸送路であるマラッカ海峡の脆弱性のこと)について盛んに論じ、危機下における石油などの必需品の入手能力に懸念を示しているが、実際に中国政府の頭を悩ませているのは、バレル単位ではなくバイト単位で測った封鎖のほうなのだ

 中国は今、アメリカによる半導体の供給遮断から逃れるべく、独自の半導体技術の開発に一流の人材と数十億ドルの補助金を投じている。

 もしこの戦いに中国政府が勝てば、いったいどうなるだろうか? 世界経済は再編され、軍事力のバランスはリセットされるだろう。第二次世界大戦を決着させたのは鉄とアルミニウムであり、その直後の冷戦を特徴づけたのは核兵器だった。

 しかし、現在の米中対立の命運を決するのは、おそらく計算能力(コンピューティング・パワー)と見ていいだろう。米中両政府の戦略家たちは今や、機械学習からミサイル・システム、自動運転車、武装無人機にいたるまで、先進技術には最先端のチップ(より正式な名称を使うなら、半導体または集積回路)が不可欠であることを認識している。ところが、その製造を支配しているのは、実はごく少数の企業なのだ

 私たちがチップについて考えることは少ない。それでも、チップが現代世界を形づくってきたことはまぎれもない事実だ。国家の命運は、常に計算能力を活かせるかどうかにかかっている

 半導体やそれが実現する電子製品の貿易なくしては、私たちの知るグローバル化は今ごろ存在していないだろう。アメリカの軍事力は主に、半導体を軍事目的に応用する能力から生まれているといっても過言ではない。

 そして、アジアの過去半世紀のすさまじい台頭は、シリコンの土台の上に成り立っている。経済成長の著しいアジアの国々は、半導体の製造や、集積回路が実現するコンピュータやスマートフォンの組立をお家芸とすることで、成長を遂げてきたからだ。

(本記事は、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』から一部を転載しています)