背後から殴られ
「逃げられると思うなよ」

 最初に指示されたのは「出し子(騙し取られたキャッシュカードを使ってATMから現金を引き出す役割)」だった。すぐに「受け子(被害者宅を訪れてキャッシュカードや現金を受け取る役割)」もやるようになった。指示されたコインロッカーから他人名義のキャッシュカードを取り出し、指示されたATMで現金を引き出す。手口の流れからして、ニュースでよく報じられているもので、明らかに特殊詐欺と分かった。このままではいつか逮捕される。もうやめたい。そう思ったが、真剣に考えたときにはもう、遅かった。

「言うこと聞けないなら、ツイッターでお前の免許証の写真を晒すよ」

 実際、ツイッターにはそうした写真が投稿されていた。晒されたツイートには「こいつ詐欺の犯人です」などと説明文が添えられ、免許証を顔の横に示した自撮り写真が掲載されていた。

「どうすればやめられるのか……」。苦悶を抱えつつも、上原は指示に従い続け、神奈川、東京、千葉、茨城と関東各地で犯行を重ねた。

「現金の受け渡し場所は決まって公園とかにある公衆便所でした。個室に入り、ノックを待つんです」

 顔も名前も分からない「氏名不詳者」がやって来る。「テレグラム」に届く指示通り、個室ドアの下から現金入りの封筒を差し出すと、すっと引き取られた。

 上原は、何回目かの現金授受を終えた時、「これ以上犯罪に関わりたくない。最後にしよう」と意を決した。1回1万円という報酬は、逮捕される危険性と比較しても全く割に合わないのは明らかだ。指示役の男に「もうやめたい」と電話で伝えた。

 すると、公衆トイレを出たところで見知らぬ男に、背後から突然、頭を殴られた。男が走り去る。

 すぐに着信がきた。

「これで分かっただろ。逃げられると思うなよ」

「お年寄りは笑顔と元気で信用します!」
いくつも届く「詐欺マニュアル」

「闇バイト」を入り口に詐欺という「仕事」を軽い気持ちで始めさせ、やがて莫大な被害を生み出す。組織的「特殊詐欺」の片棒を担がせる犯行グループの手口に特徴的なのは、関わる人間を互いに分断し、手順を複雑化させている点だ。