社会のセーフティーネットであるはずの社会保険が、中小企業を葬り去ろうとしている――。取材を通じてそんな矛盾の構図の実態が浮かび上がってきた。表向きは「中小企業の事業継続への配慮」を口にしながら、年金事務所による未納の社会保険料の回収姿勢は厳しさを増している。「社保倒産」というリスクがちらつく中、日本年金機構はこの問題についてどう考えているのか、直接聞いてみた。(フリージャーナリスト 赤石晋一郎)
年金事務所の督促や差し押さえが
激しくなると連鎖倒産のリスク
ここに一束の書類がある。「令和3年度業務実績報告書(案)」と題された資料は、日本年金機構がまとめた事業内容を記したものだ。
《令和3年度末の(*厚生年金保険料等の)滞納事業者数は147,750事業所、適用事業使所に占める割合は5.7%となり、令和2年度末より減少しました》(*は筆者注)
前回記事『中小企業を年金事務所が倒産に追い込む…「社保倒産」知られざる驚愕の実態』では中小企業が直面する「社保倒産」という悪夢についてレポートをした。その原因となるのが社保滞納(社会保険料の滞納)である。日本年金機構が公表している滞納事業者約14万社の意味について、森・濱田松本法律事務所の藤原総一郎弁護士はこう見る。
「この約14万件の滞納事業者は、すなわち倒産予備軍・破産予備軍ということができるでしょうね。社保滞納には延滞金もあるので、滞納している事業者は苦しい。今、年金事務所の督促、差し押さえが激しくなっていくと、バタバタと倒産していく事業者数が増えていく可能性はある。こうしたリスクはあまり理解されていないようです」
日本年金機構による最新の数字では、令和4年9月末時点の猶予制度(「納付の猶予」または「換価の猶予」)の適用を受けている事業所の件数は7万471件(約7万件)。2022年9月末時点の社保(厚生年金保険料等)滞納事業所数は14万5479件(前述の猶予事業所7万471件を含む)となっている。つまり1年近くを経ても、滞納事業者数に大きな変動はないということになる。
社保倒産予備軍14万件――!
これは衝撃的な数値であるといえよう。日本経済を大混乱させかねない、時限爆弾に社保倒産がなろうとしているとも分析することができる。社保倒産予備軍の命運を握っているのが、前編で詳述したように年金事務所であり、その上部組織である日本年金機構ということになる。
中小企業の再生は日本経済の重要課題の一つだといわれている。22年3月には「中小企業の事業再生等に関するガイドライン(以下・ガイドライン)」が、全国銀行協会や有識者、関係機関の連携の下に策定された。主要テーマとなっているのが経営難に苦しむ中小企業に対する「私的整理」等の導入だ。
その狙いは、私的整理を進めることで今後増大が見込まれている中小企業の倒産(法的整理)を回避しようというもの。官民が総力を挙げて中小企業の倒産数を抑制しようという試みが続けられているのである。
だがその取り組みには大きなエアポケットがある。社保倒産という現実について一切考慮されていないのだ。
ある銀行幹部は「ガイドラインの議論には多くの関係省庁が参加していましたが、そう言われてみれば厚生労働省の役人や、日本年金機構のスタッフはいなかった。ですから社保倒産予備軍14万件をどうするのかなんて話はまったく出なかった」と振り返る。
表向きは「中小企業の事業継続への配慮」を口にしながら、年金事務所による未納の社会保険料の回収姿勢は厳しさを増している。次ページでは、取材から浮かび上がってきたその実態を浮き彫りにする。
さらに、「社保倒産」というリスクについてどう考えているのか、日本年金機構に直接聞いてみた。その一問一答も併せてお届けする。