「見た目は変で、しゃべりも下手、お笑い芸人としての才能もない」と思いこみ、コンプレックスのかたまりだったスリムクラブ・内間政成さんは、そんな自分を人に知られないように、自分の本心を隠し、見栄を張って、いつわりの人生を送ってきました。しかし、それはどうしようもなく苦しかった。自分で自分を否定しているようなものですから。
ある出来事をきっかけに、内間さんは自分自身と向き合い、自分という存在を少しずつ受け入れられるようになっていきます。その結果、何が起きたのか。今まで自分の欠点だと思い込んでいたことが、そうじゃないことがわかってきました。自分の欠点を「欠点だ」と決めつけているのは、他の誰でもない、自分自身だったのです。
「僕はカッコ悪い」「僕は人をイラつかせる」「僕は恐れ過ぎている」「僕はすぐ調子に乗る」「僕は怠け者」と、自分の欠点をさらけ出せるようになった内間さんはいま、ストレスフリーの時間を楽しそうに生きています。そんな内容の詰まった本が、内間政成さんの書籍等身大の僕で生きるしかないのでです。無理やり自分を大きく見せるのではなく、等身大の自分を受け入れれば、人生は好転する。そのためのヒントを語ってもらいました。(構成・田中幸宏/撮影・榊智朗)

コンプレックスをひっくり返して自分の武器にするうまいやり方

上下関係にこだわっているのは自分のほうだった

 小中学生のときは、友だちはいたけれど、表面的な付き合いしかできませんでした。本音は言えないし、嫌われたくないから、よそ行きの会話ばかりしていました。うちの中学はけっこう荒れていて、強いやつらが弱い連中をいたぶるケンカがしょっちゅう起きていました。自分はやられたくないから、ちょっとペコペコしたりして、強いグループの機嫌をとっていました。

 でも、自分の中に変なプライドがあったので、強い連中、つまりスクールカーストでいう1軍の近くにはいたんです。「友だちだよな」みたいな感じで、取り巻きの輪の中に加わっていた。精神的にかなり無理してましたね。

 たとえば、彼らが缶ジュースを飲みたいとなったら、絶対マウントを取って、「内間、買ってきてよ」とお願いされるのがわかっているから、言われる前に「おれが買ってくるから」と先手を打つ。本当はそんなことやりたくないのに、あえて先に言って自分のプライドを保つ、というややこしい性格の持ち主でした。

 大人になって芸人になった自分が、テレビに出るようになると、かつての1軍の連中から連絡が来ることもありました。「おお、久しぶり」なんて言うけれど、内心「ざまあみろ」って思う自分がいました。見返したつもりだったんですね。

 ところが、最近はそういう気持ちがほとんどなくなりました。というのも、いろんな人と話すようになって、人それぞれだということがわかったからです。みんな同じように悩んではいるけど、同じ人間なんて絶対いないわけであって、人それぞれ違うんだなと思えるようになった。それで人付き合いするときのハードルも下がったんです。

 向こうは向こう、こっちはこっち。別に対抗しなくてもいいなと思ったんです。人はそれぞれ違うし、幸せの形もそれぞれ違う。以前はなぜ上下関係が嫌だったか、というより、なぜ見返したいと思ったかというと、同じ土俵でやり合わないといけないと勘違いしてたからなんです。でも、自分の土俵もあるし、人の土俵もあるから、それぞれでいいし、協力し合うこともできるなと思えるようになりました。

他人と違うところは、全部自分の武器になる

 それがわかったのは、沖縄から出て、別の世界に飛び込んだからでもあります。それで自分が属していたコミュニティの小ささがわかったんですよね。でも、一番大きな転機は、やっぱり相方との会話です。同じ沖縄出身で、僕がいたコミュニティの内情とかも知っていたので、いろいろ話しているうちに、もっと違う世界があるんだなということがわかってきました。

 僕は芸人なのに、会話が下手だとずっと思い込んでいました。それがコンプレックスだった。ところが、相方と話しながら、自分の好きなところを探していくと、自分のこの風貌、この顔や表情が作り出す雰囲気が好きだと気づいたんです。

 僕は芸人に向いていないと自分では思っていて、相方が作ってくれるネタに頼って、自分はそれをただやるしか才能がないと信じていました。ところが、自分のこの風貌が意外に役に立っているということがわかってきた。僕がこの顔でそこにいるだけで、笑ってくれる人がいる。それがわかってから、しゃべれるようになりました。

 1つでいいから自分の好きなところを見つけて、それを武器にしてみる。いままで欠点と思っていたところは、もしかしたら、他の誰とも違う自分の存在を特徴づけるポイントかもしれません。だったら、それを武器に、自分をアピールすればいいんです。かつてはコンプレックスの対象だった僕の広すぎるおでこも、毛深い腕も、いまや、僕の立派な「売り」になっています。

「笑われてる」から「笑わせてる」への意識転換

 第1回で、自分の欠点やミスは笑いに昇華したほうがいいという話をしました。ただ、自分から「笑わせる」のと、人から「笑われる」のには、大きな違いがあります。

 僕は人から「笑われる」のが嫌で、ずっと「馬鹿にされている」と思っていました。だから、笑われると「なめるなよ」と対抗心を燃やしていたんです。でも、自分の顔や雰囲気が武器になると気づいてからは、「笑われてる」のではなく「笑わせてる」のだと思えるようになりました。こっちが主導権を握っている部分もあるということです。

 それまでは、自分のことがあまり好きではなかった。根底には、コンプレックスがあったわけです。だから、誰かに「笑われる」と自分に落ち度があるような感覚でした。笑われると、「失礼なやつだな」とスイッチが入って対抗心を燃やしていたのもそのせいです。

 笑ってマウントを取ってくるやつも多かった。そのときは、グッと歯を食いしばってこらえていました。マウントを取り返す自信はないから、我慢して耐えてました。ところが、自分で自分のことを認めてあげるようになったら、「笑われてる」のではなく、「笑わせてる」という感覚に変わっていきました。そうすると、不思議なもので、マウントを取られても、そこまで気にならなくなりました。土俵が違うだけですから。

人間の価値は学歴や年収だけでははかれない

 僕のお袋は学歴を気にする人で、家の中ではだいたい学歴の話ばかりでした。お袋には仲のいい友だちがいて、その息子さんが僕より1歳上で、九州大学に行ったんです。「あの子みたいに、あなたも国立に行きなさい」とさんざん言われました。

 ところが、うちのお袋はちょっと変わっていて、思い込みも激しかったので、僕がその後、琉球大学に入ったら、明らかに九州大学のほうがレベルが高いのに、「琉球大学のほうがいいから」と何の根拠もなく言い出しました。たぶん、自分の子どものほうが劣ってると認めたくなかったのではないかと思います。

 そういう親を見てきて、それがものすごく嫌だったので、反抗期だった僕は、学力をどんどん下げていきました。小中学校では、100点満点を取ったらうれしかったんですけど、ある時期からそれが嫌になって、高校生のときに、ついに0点をとったんです。そのときは、変な満足感がありましたね。

 学歴や年収、会社のブランドで幸せを感じる人もいるかもしれない。でも、居酒屋のマスターや公務員など、いろんな職業の人たちを見てきて思うのは、幸せの形はそれぞれだなということです。もちろんお金は必要なので、気にはしますけど、それとは別に趣味に時間をかければ、その時間も幸せを感じるだろうし。自分なりの気持ちよさを見つけてあげることが大切かなと思います。

 ちなみに、僕がいい気持ちになれるのは、フラッとカウンターしかないちっちゃな飲み屋に行って、ハイボールを呑みながら、1980年代から90年代の日本のプロ野球の話をしているときです。ロッテの落合博満選手、広島の山本浩二選手や正田耕三選手、阪急の山田久志選手、南海の門田博光選手、そして巨人の原辰徳選手。あの時代には、個性的な選手がいっぱいいました。15歳までテレビ禁止だった僕は、プロ野球の試合をラジオで聞いていました。しかも、録音して同じ試合をエンドレスで何度も聞いていた。だから、思い入れが全然違うんです。

コンプレックスをひっくり返して自分の武器にするうまいやり方内間政成(うちま・まさなり)
芸人。スリムクラブ ツッコミ担当
1976年、沖縄県生まれ。2浪を経て、琉球大学文学部卒業。5~6回のコンビ解消を経て、2005年2月、真栄田賢(まえだ・けん)とスリムクラブ結成。「M-1グランプリ」は、2009年に初めて準決勝進出。2010年には決勝に進出し準優勝。これをきっかけに、人気と知名度が上昇。「THE MANZAI」でも決勝進出。2021年1月、「2020-2021ジャパンラグビートップリーグアンバサダー」に就任。