娘さんは茨城で忙しい毎日を送っており、群馬の実家に戻れるのは月に一度あるかないかです。こういった場合、多くの人が病院に入院させることを選びますが、彼女はあくまで「本人の意思」を尊重したのです。

 ウメさんは食べられたり食べられなかったり、歩けたり歩けなかったりを繰り返しているうちに、いつのまにか半年の月日が流れていました。

「ぽっくり逝きたい。眠るように逝きたい」と言うウメさんに、私たちは「絶対に苦しい思いはさせないから」と約束しました。終末期のがん患者さんが耐えがたい痛みや呼吸困難の苦しみに襲われたとき、薬を使って意図的に意識を落とすことで苦痛を緩和する医療行為を「セデーション」といいます。私はウメさんと娘さんにセデーションについてすでに説明していました。

 そしてついにウメさんは呼吸が苦しい状態になっていきました。

「先生、楽にしてくれる約束だったよね。昨夜は大ごとで、こんなんじゃ死んじゃったほうがいいなって。約束の薬、頼むよ。いいんだよ、もう目覚めなくても」

「娘さんに連絡するから、娘さんがいいって言ってくれたらね」

「大丈夫だよ。私がいいって言えば大丈夫だよ」

「残された人のことも考えてあげてください。娘さんがかわいそうでしょ」

 しかし、娘さんとは電話がつながりません。ウメさんからは「至急だよ」と急かされます。

 数時間経って、ようやく娘さんと連絡が取れ、確認のうえ、薬を皮下注射。しばらくすると、ウメさんの意識はもうないように見えました。ところが、突然、

「安心したよ、先生」

 と口が動きました。

「安心して天国に行ってください。行ってらっしゃい」私はそう応じました。

 ウメさんは私の手を握り続けていました。しばらくして、また口が動きます。

「先生、また会おうね」

「いつかまた、会いましょう」

 1分ぐらいしてから、

「来月ね!」

「来月じゃ困るよ……30年後にしてね」

「わかった」

 これがウメさんと私の最後の会話となりました。

 半年以上のつきあいのウメさんが亡くなり、こうした別れは日常茶飯事の私もうるっと来ました。一方、担当の看護師は晴れ晴れした表情をしています。彼女はすでにお別れのあいさつをウメさんとしていて、そのときたくさん泣いたそうです。事前にしっかりお別れのあいさつをしておくことは、家族だけではなく私たちスタッフにも大切なことだとあらためて感じました。

 一人暮らしを好み、最後まで自宅で生きたいと思っているお年寄りは大勢います。施設に入るのを拒否し、子どもたちに「一緒に暮らそう」と言われても、好んで一人暮らしを続けている人も少なくありません。高齢で生活スタイルを変えるのは、死ぬよりも怖いことなのです。

 ウメさんのようなお年寄りの望みを叶えるためにも、もっと在宅緩和ケアが広がる必要があると思います。数字やデータに表れない「人間の心」に寄り添うからこそ、私の在宅緩和ケアはAIで行なうことは不可能なのです。