世の中の人はどんなことを考えているのか? 何を求めているのか? 編集者はそんなことを日々考えている。そこを突き詰めて考えないと、ピントのボヤけた本になり、結果として売れない本になってしまうからだ。1冊の本が完成するまでには様々な過程があるが、もしかしたら「コンセプトを固める」までの時間が最も長いのかも知れない。この度刊行された『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』(阿部広太郎)の場合は、コンセプトが固まるまでに2年の月日がかかっている。どんな過程があったのか、思いだしながら書いてみたい。(文・ダイヤモンド社/亀井史夫)

「人生が不安な人」が必ずとるたった一つの行動Photo: Adobe Stock

それでもまだ遅くない

 始まりは阿部広太郎さんが数年前に自主制作した小冊子だった。『それでもまだ遅くない』と題されたその冊子は64ページで構成された短編集のようなもので、「後悔はきっと幸せの前フリなんだ」というサブタイトルがついていた。25篇のショートショートやコピーが集められている。心象風景的な数枚の写真とともに、臙脂と碧の二色のインクでデザインされた洒落た小冊子だった。

 阿部さんと僕が最初に取り組んだ本『心をつかむ超言葉術』が出版された後(2020年3月)に、阿部さんがかつての思い出としてFacebookに上げていた。
 書籍にするには薄すぎるが、爽やかな読後感があった。そして何より「後悔」をテーマとしているところがユニークだった。
「これ、いいね。本にできるかも」とコメントをすぐに書き込んだ。

 とはいえ、なかなかいいアイデアは浮かばない。短編をもっとたくさん書き加えてもらえればボリューム的には本にはなるのだが、それでいいのか? 社内の会議に提出した際の反応も今ひとつ。そして何より、阿部さん自身がそれほど乗り気ではないように思えた。

 しばらく案を温めて、「人生は後悔の連続である」というコンセプトを貫く本にしようと思った。「後悔」にまつわるエピソードを幼年期から晩年まで順に連ね、後悔をいかにして乗り越えるかを軸に描く。やり直すのはいつになっても遅くないというメッセージを込めて。そのコンセプトは悪くないと思った。

 しかし、阿部さん自身が公私共に多忙であったりして、すんなりとこの企画は進まなかった。しばらく「塩漬け」の状態が続いた。

企画メシに落ちた話

 1年後くらいだろうか。noteに1本の記事を見つけた。「企画メシに落ちた話」というタイトルだった。「企画メシ」というのは、阿部さんが主宰する講座「企画でメシを食っていく」の略称だ。そこには、人生をやり直したくて「企画メシ」に応募したけれど、定員オーバーで落ちてしまった青年のストーリーが書かれていた。人生をやり直そうと応募したのに、その機会さえ与えられなかった。その虚しさからいかにして脱出したのかが、泥臭く詳細に書かれていた。
 泣いた。ものすごく良い記事だった。これは本のテーマの中核を担う原稿になりうるのではないかと思った。

「選ばれなかった」という経験は誰の人生にとっても大きな痛手になるのではないか。現代は競争社会だ。受験、恋愛、就活、そして就職してからも、多くの人は「選ばれない」瞬間を何度も経験する。選ばれなければ、全人格を否定されたような気分に陥る。まるでもう世界が終わるような気持ちになる。
 そんな気持ちの人を救えるような本ができればいいのではないか。

 同じ時期、森岡毅さんの『苦しかったときの話をしようか』が大ヒットし、編集部にはたくさんの読者ハガキが届いていた。担当編集であった僕はなぜその本がヒットしたのかを探るために、読者ハガキを熱心に読んでいた。
 わかったのは、多くの人が「苦しかったとき」というタイトルに惹かれて買っているということだった。何人かの読者にも実際会ってみたが、多くの人には「不安になったとき本屋さんを訪れて、ヒントをくれるような本を探す」傾向があることがわかった。
 今の時代は未来が不安だらけだ。不安な時代だからこそ、そんなときに背中を優しく押してくれるような本を作れば良いのではないか。

 阿部さんの文章はその企画にぴったりだった。「文は人なり」と言うが、まさにその通りだと思う。阿部さんは優しさの塊のような人だ。どんなに落ち込んでいる人間だって、手を伸ばせば一生懸命掴み上げてくれるような人だ。
『心をつかむ超言葉術』は言葉の選び方の本なのだが、多くの読者は感じているはずだ。阿部さんの文章には、読み手を包み込むような優しさが溢れている。

 コンセプトは固まった。
選ばれない経験をして落ち込んでいる人が、ふらりと本屋に立ち寄ったとき、大丈夫だよ、と優しく励ましてくれる本

 その案を阿部さんにぶつけると、ようやく納得してくれた。
「これは亀井さんの自信作なんですね」と。
 ぼんやりと考えていた時間が長かったせいで、ここまでに2年もかかってしまった。

 そこからは早かった。阿部さん自身も、「選ばれない」体験を数多く積んできた人だったからだ。
「卒業アルバムの写真を選ぼうとなったとき、僕には友達と写っている写真が1枚もなかったんです」。阿部さんはそんな過去のつらい話をしてくれた。
 学校生活、部活、受験、就活、恋愛…誰でも経験する悩みをテーマに挙げると、阿部さんからどんどん興味深いエピソードが湧き出てきた。
 構成を考えたとき、これは単純にエピソードを時系列で並べれば良いと閃いた。一人の人間の成長物語としても読めるからだ。