2つの約束事
ただし、阿部さんに原稿を書き始めていただくにあたり、2つの約束事を作った。
・主語を「君」にすること。
・所属先の実名をあえて書かないこと。
この本は、誰でもぶつかるような悩みで構成されている。いわば「あなた」の本だ。赤の他人の個人的なエッセイとして読んでほしくはない。書かれているエピソードは阿部さんが経験した事実ばかりだけど、誰にだって起きうる普遍的なテーマだ。自分自身の物語を思い出しながら読んでほしかった。
週1くらいのペースで阿部さんと喫茶店で打ち合わせをした。1遍を阿部さんが書き、僕が読んで意見を伝える。そんなことを何週も続けた。
打ち合わせをするのはいつも同じ喫茶店で、二人はほぼ決まって同じメニューを注文した。阿部さんはビッグサイズのアイスコーヒーで、僕はアイスのフルーツティーだった。
阿部さんの紡ぎ出してくるエピソードはどれも面白かった。でも僕は心を鬼にして、ここはわかりにくい、ここは伝わらないという部分を指摘した。
それは著者と編集者にとって、とても幸福な時間であったように思う。
そんなとき、突然に悲しい知らせが届いた。
妹の息子が亡くなったという。遺書には「将来が不安だった」というようなことが書かれていたそうだ。確かまだ22歳。側からは順風満帆の人生を送っているようにしか見えなかったが、彼は人知れず悩みを抱えていた。将来の不安に耐えきれず、人生を終えることを選んだ。「誰も悪くないし、憎んでいない」と彼は綴っていたそうだ。だからこそやるせない。
人生をそれなりに長く生きてしまった人間だから、言えることがある。若い頃の悩みは、後になって思えば、どうってことのないものばかりだ。生きてさえいればなんとかなる。
でも若い頃は、それで世界が終わってしまうような気分になる。人生に絶望してしまう。そんなことはないんだ。意外となんとかなるものだ。根拠はないけれど、後になって思えば、あれでよかったのだと思えるときが来る。時には惨めに負けたっていい。時間がかかっても、いつか挽回できるチャンスが巡ってくる。だからもう少しだけ、生きてみよう。そんな思いを製作中の作品に込めた。
構想から3年目、ようやく1冊の本ができた。
タイトルは、『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』。
「こんな本を作りたかった」と心から思えることは、実はそう多くはない。だがこの本については、胸を張ってそう言える。それほどに会心の作だ。
この本は、人生につまずいて、不安になっているあなたの背中を、必ず優しく押してくれるはずだ。ぜひ手にとってみてほしい。
彼がもし読んでくれたなら、思いとどまってくれただろうか。それはわからない。人には自分にしかわからない痛みがある。でももし一人でも救うことができたのなら、この本は成功したと言えるのかも知れない。