思いがけない兵士の一言で大統領暗殺計画が発覚

 朝鮮戦争休戦からしばらくは、北朝鮮が韓国に武装ゲリラを送り込み、攪乱を図る事件が多発しました。最も有名なのは1968年の青瓦台(せいがだい)襲撃事件です。青瓦台とは韓国の大統領官邸のことで、官邸の屋根が青い瓦なので、こう呼ばれます。国家の中枢とも言える場所でした(2022年5月に大統領府が移転し、現在は公園として一般開放されている)。この場所で、北朝鮮の特殊部隊による官邸襲撃未遂事件が発生します。

 1968年1月21日の夜、北朝鮮の特殊部隊が、韓国軍の制服を着て韓国に潜入します。小型の潜航艇を使って海岸から上陸したと見られています。目標は朴正煕大統領の暗殺でした。

 ところが、北朝鮮では「韓国の首都・ソウルは荒廃している」と教えられていたために、煌々(こうこう)とネオンの輝く街を遠くから見て、「これがソウルであるはずがない」と思ってしまったのです。そこで、通りかかった韓国の市民に「ソウルはどこですか?」と尋ねます。

 尋ねられた市民もびっくりしたでしょう。韓国軍の兵士が、こんな質問をするはずがありません。そこで不審に思った市民が警察に通報、警察はこれを受けて、青瓦台周辺で警戒態勢を取ります。韓国軍の服装をした集団に警察署長が声をかけると、北朝鮮の特殊部隊の隊員たちは銃を乱射。韓国警察との撃ち合いになり、さらに韓国軍も駆け付け、激しい銃撃戦になりました。

 結局、負傷して捕虜になった特殊部隊員の自供から、暗殺計画が明らかになったのです。

 1973年には、韓国の大統領候補だった金大中(キムデジュン)が、東京都内のホテルグランドパレスから拉致される事件が起きました。金大中は野党の指導者として当時の朴正煕政権を批判し、民主化を求めていましたが、朴政権が行った「維新クーデター」により韓国に帰国できなくなり、日米間を行ったり来たりしていたさなかでした。

 この事件により、誘拐事件の舞台となった日本にも激震が走ります。白昼堂々、首都で隣国の野党の指導者が拉致されたのですから大変です。警視庁が捜査したところ、現場からは韓国大使館員の「金東雲(キムドンウン)」という人物の指紋が検出されます。彼は、たまたま民間人として日本に来た際、在留資格を得るために指紋を採取されていたことで、事件現場の指紋との照合がかないました。