「この成功法則の通りにやれば、うまくいきます」。この世には、そんな「ハウツー」や「メソッド」があふれている。それらを習得することは、仕事や人生をうまくいかせる上で、ある程度は有効だ。しかし、次に何が起こるか予測不可能な今の社会では、「成功パターン」に頼りすぎることはむしろリスキーだと、サイエンス作家・竹内薫さんは語る。
今回は、「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』(王立協会科学図書賞[royal society science book prize 2022]受賞作)の翻訳を手がけた竹内薫さんに、ビジネスパーソンが抱く悩みを、生物学的視点から紐解いてもらうことにした。
生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド氏(『銃・病原菌・鉄』著者)にも「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」と言わしめた本書を読み解きながら、人間の悩みの本質を深掘りしていく。あらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返してきた生命たちの奇跡の物語は、私たちに新たな視点を与えてくれるはずだ。本稿では、「なぜ集団には多様性が必要なのか?」をテーマに、お話を伺った。(取材・文/川代紗生)

「多様性が排除された集団」に起きる1つの悲劇Photo: Adobe Stock

多様性の欠如がもたらすリスクとは?

――集団には「多様性が必要」とよく言われますが、多様性が排除された集団にはどんなことが起こるのでしょうか? 

竹内薫(以下、竹内):「多様性」と一言にいっても、「生物多様性」と「文化的多様性」という考え方が存在します。

 今回はまず、生物学的な視点から考えてみたいと思います。

――「生物の多様性」からですね。はい、お願いします!

竹内:生物多様性が失われるとは、つまり、遺伝的な多様性がなくなる、ということです。

 これの何が問題かというと、一つの致命的な感染症が広まったとき、その集団が絶滅する可能性が、非常に高くなってしまうんです。

 その集団が遺伝的な多様性を持っていれば、その感染症に感染する人と、しない人で、ばらけるわけですね。

――なるほど。みんなが同じ遺伝子だと、一気に全滅してしまうけれど、ばらけていれば、その種全体として、生き残る確率が上がるんですね。

竹内:そのとおりです。気候変動などに関しても同様です。もし、寒さに弱い人ばかりの集団だったら、気候が寒冷化したとき、全滅してしまうかもしれない。

 しかし、寒さに強い個体・暑さに強い個体と、多様な個体がいればいるほど、種全体としては、生き残る確率が上がりますよね。

 つまり、その種が続くためには、「生物多様性」は絶対条件なのです。別の言い方をすれば、多様性がないことが、非常に大きなリスクになるわけですね。

ナチスの悲劇から学ぶ文化的多様性の重要性

――なるほど、生物の多様性について、よくわかりました! 次に、「文化的な多様性」についてですが。

竹内:これも、基本的な考え方はさきほどと同じです。集団の中から、文化的な多様性が失われると、その集団が誤った方向に行きやすくなるのです。

 たとえば、ナチス・ドイツの内部に、多様性はまったくありませんでした。ヒトラーが言うことはすべて正しいとされ、それに異を唱えるとすぐに殺されてしまう。ヒトラーの正義だけで動いていた組織でしたが、その結果、ホロコーストのような悲劇を生むことになってしまいました。

 つまり、集団の中には、違う意見を言う人がいなければいけないのです。「指導者が言ったことは100%正しい」という行動原理で動いていると、その人が言ったことが間違っていた場合、その集団はあっという間に滅びてしまいます。

 より身近な例を挙げるとすれば、会社組織のマネジメントなどにも同じことが言えるでしょう。

 会社の取締役をイエスマンばかりで固めようとする企業もありますね。統率が取りやすく、チーム一丸となって戦いやすい。というメリットもありますが、問題は、社長が常に正しい判断をしなければならない、ということです。

 人間ですから、当然、年齢とともに、判断力が低下する可能性もあります。そのとき、「社長の言う通りにしましょう」という人だらけだと、間違った判断のまま、突っ走ってしまうかもしれません。

「社長、それはこういうリスクがあるのでやめたほうがいいと思います」とためらいなく言える人を、まわりに配置しておくこと。

 企業も一つの「集団」ですから、多様な意見・多様な人材を受け入れておかないと、生き残る確率が下がってしまいます。

多様性のある人材を確保することで、変革期に強い組織を作る方法

――組織に多様性を取り入れたくとも、統率が取れるかどうか不安、というリーダーも多そうですよね。

竹内:時代が安定しているときは、似たような人ばかりでチームを作ってもうまくいくんですよ。でも、いまのように環境が変化しているときには、「多様性」しか頼れるものがないんです。

――「多様性」しか頼れるものがない?

竹内:誰も正解を知らないじゃないですか。この先、どんな仕事がなくなっていくのかわからない。どんな技術が生まれるのかわからない。経済がどう動いていくのかもわからないわけです。

 そんな変革期の世界で、生き残る確率が高い組織とは、どんな方向に転がっても対応できる人材がいる組織。つまり、多様性のある人材を確保している組織です。

――なるほど……。

竹内:僕も最近、「ギフテッドの人を採用するにはどうしたらいいか」という相談を受けることが増えました。

 ギフテッドとは、突出した才能を持った人たちのこと。知能が異常に高いけれども、じっくり考えすぎてしまうとか、言語能力がとても高いけれど、他人に共感するのが苦手とか、高い才能を持つがゆえに、社会に馴染みにくい部分がありました。

 これまでの社会では「全体の統率を乱す」と言われ、採用されてこなかったような人たちを、今後は積極的に採用していこうという動きが少しずつ出てきています。

「A君は、入社試験のときにはこちらと目も合わせられなかったけど、結果的には、あの子のコンピュータ技能のおかげでうちの会社は生き残れたね」など、そういう話が出てくるのではないかと思います。

 つい自分に似た人、価値観が似ている人を集めたチームを作りたくなるものですが、多様な人材がいる組織ほど、環境変化に強いものです。

超圧縮 地球生物全史』は、この予測不可能な世界で自分は何をするべきなのか、考えるいいきっかけになると思います。

 科学書には珍しく文学的で、一気読みしたくなるほど面白い本です。サイエンスに興味がない人にも、手に取ってもらいたい一冊です。

竹内薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、カナダ・マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)、『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)などがある。