地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。
超大陸の分裂
超大陸ロディニアの分裂は八億二五〇〇万年ほど前にはじまった。
それがおよそ一億年つづき、赤道のまわりに輪っかのように大陸がのこった。
分裂にともなって大規模な火山噴火が起こり、大量の火山岩が地表にあらわれた。その大半は玄武岩と呼ばれる火成岩だった。
玄武岩は雨や嵐で風化しやすいうえ、新しく隆起した陸の塊の多くが熱帯地方に位置したため、高温多湿で風化が加速した。
温室効果
風や天候は、玄武岩だけでなく、炭素を含んだ膨大な量の堆積物を酸素の届かない深海へと洗い流した。炭素が酸化して二酸化炭素になると、温室効果で地球が温められる。
しかし、炭素がなくなってしまうと、温室効果が止まって地球は冷える。
このような炭素と酸素と二酸化炭素によるダンスが、その後の地球とそのうえで蠢く生命の歴史にリズムを刻んでゆくのだ(訳注:実際には、水蒸気が最も温室効果が高く、気温の上下のメカニズムはきわめて複雑である)。
世界規模の氷河時代
超大陸ロディニアの断片が風化した結果、地球はおよそ七億一五〇〇万年前から約八〇〇〇万年におよぶ世界規模の氷河時代に突入した。
一〇億年以上前の「大酸化イベント」と同じように、この氷河時代は進化に拍車をかけた。より活動的な新しい種類の真核生物が誕生するきっかけになったのだ。それは、動物だ。
海綿のはたらき
海水中に溶けこんだ炭素は、大気と接している表面近くの薄い層をのぞけば、ほとんど酸素を含まない海のなかに入っていった。
そうはいっても、大気中の酸素濃度は現在のわずか一〇分の一しかなく、太陽の光を浴びる海面の濃度はさらに低かった。
しかし、微量の酸素でも生きられる動物もいた。
それは、海綿(スポンジ)だ。海綿はおよそ八億年前、超大陸ロディニアがひき裂かれはじめたころに出現した。
海底に敷きつめられたヘドロの絨毯のなかで暮らす海綿は、水のなかの物質粒子をこし取る。一個の海綿が一日に吸いこむ水の量は少ない。
計りしれない影響
だが、数千万年もかけて何十億個もの海綿がおよぼす影響は計りしれない。
海綿のゆっくりとした、たゆまぬはたらきにより、海底には炭素がさらに蓄積され、酸素との反応に利用されなくなった。
それだけでなく、海綿はまわりの海水から、ほうっておけば酸素を消費する腐敗バクテリアの餌になるはずの有機物もとりのぞいた。
その結果、海中やそのすぐ上の空気中に溶けている酸素の量が少しずつ増えていった。
口と肛門
海綿のはるか上、海面に近い日当たりの良い場所では、クラゲや小さなミミズのような動物が、プランクトン、すなわち小さな真核生物やバクテリアを食べていた。
もともと海面近くのほうが酸素量は多かったのだが、炭素に富んだプランクトンは、死ぬと、水中に浮遊したままではなく、すぐに底に沈んでゆく。
だから、炭素に手が届かない酸素分子が増えていった。その結果、海や大気中に多くの酸素が蓄積されるようになった。
プランクトンは、顕微鏡がなくても人間の目で見えるくらいの大きさのものもあっただろうが、多くは、栄養分や老廃物が簡単に体の内外に拡散してしまうほど小さかった。
クラゲのように少し大きめのものは、栄養分が入ってきて、老廃物がまた拡散して出ていく、特定の場所を発達させた。
その場所とは口のことだが、肛門としての役目もかねていた。
排泄物は海底に沈む
なんの変哲もないミミズのような動物が肛門を持つようになったことで、生物圏に革命がもたらされた。
排泄物がはじめて、これまでのように溶けだすのではなく、固形のペレット(粒)に濃縮されたのだ。
こうした排泄物は、ゆっくりと拡散することなく、われ先にと海底に沈みこんだ。
腐敗や分解にかかわる微生物は、海水の全領域ではなく、海底付近に労力を集中し、そこで酸素を吸うようになった。
かつて濁って淀んでいた海は透明になり、さらには酸素も豊富になって、より大きな生命体の進化を可能にしたのだ。
肛門の発達がもたらしたもの
肛門の発達はもう一つの結果ももたらした。一方に口があり、もう一方に肛門がある動物は、前に「頭」があり、うしろに「尾」があるというように、進行方向がはっきりしたのだ。
こうした動物たちも、最初は、二〇億年以上にもわたって、海底に敷きつめられたぶ厚いヘドロの絨毯のくずを拾って生活していたのだけれど。
それから彼らはヘドロの下に潜りはじめた。そして、ヘドロそのものを食べるようになった。こうして、ストロマトライトの無敵の支配が終わりを告げた。
動物たちはヘドロを食べつくすと、今度はお互いを食べはじめた。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)