「1日3食では、どうしても糖質オーバーになる」「やせるためには糖質制限が必要」…。しかし、本当にそうなのか? 自己流の糖質制限でかえって健康を害する人が増えている。若くて健康体の人であれば、糖質を気にしすぎる必要はない。むしろ健康のためには適度な脂肪が必要であるなど、健康の新常識を提案するケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』(萩原圭祐著、ダイヤモンド社)。同書から一部抜粋・加筆してお届けしている本連載。読者からは「こんなの知らなかった」「エビデンスにもとづいているので信頼できる」「ケトン体とは何かがよくわかった」「健康のためには食事が重要であることが理解できた」などの声が多数寄せられている。今回も前回に続いて、順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科 教授の野見山 崇先生に、本書の感想やおすすめポイントなどについて話を聞いた。

【名医が教える】筋トレしなくても、日常の中で簡単にできる健康に良いこととは?Photo: Adobe Stock

糖尿病は全世界共通の問題

――世界的に見ても糖尿病人口が増える傾向にあるといういことで、2030年までに6億4300万人みたいな数値もあるようですが、これも原因というのは、食の欧米化とか運動不足ということですか。

野見山 崇(以下、野見山) そういったことが原因になっていると思います。糖尿病は全世界共通の問題です。中国では、もうすぐ二人に一人が糖尿病になるんじゃないかという予測データも出ています。何年前か忘れましたけれど、WHO(世界保健機関)が糖尿病とがんとAIDSをこれからしっかりコントロールしていこうというふうなことを宣言しています。糖尿病は多くの人が罹りやすい病気ですし、それに併存して発症するいろいろな疾患による医療コストも、社会的な問題になっていくだろうということが言われてます。

――そもそも糖尿病というのは、治癒できる病気なのでしょうか。

【名医が教える】筋トレしなくても、日常の中で簡単にできる健康に良いこととは?野見山 崇(のみやま・たかし)
順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科教授。
1970年福岡県生まれ。1995年順天堂大学医学部医学科卒業、1998年順天堂大学大学院医学研究科(博士課程)内科学・代謝内分泌学講座大学院入学、2002年順天堂大学大学院医学研究科(博士課程)内科学・代謝内分泌学講座修了、2005年 2月~2008年6月 University of Kentucky, Division of Endocrinology and Molecular Medicine 留学、2008年順天堂大学医学部内科学・代謝内分泌学講座助教、2010年福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科講師、2012年福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科准教授、2020年国際医療福祉大学市川病院糖尿病・代謝・内分泌内科教授、2022年8月順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学教授、順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科教授に就任、現在に至る。
日本内科学会 認定内科医、総合内科専門医、日本糖尿病学会 公認糖尿病専門医、指導医、日本内分泌学会 公認内分泌代謝専門医、指導医、評議員、日本糖尿病合併症学会 評議員、日本体質医学会 評議員、日本糖尿病協会理事、日本動脈硬化学会、日本肥満学会。
主な受賞歴に、2004年日本内分泌学会若手奨励賞受賞、2006年New Investigator Travel Award of 7th Annual Conference on ATVB受賞、2012年度日本体質医学会研究奨励賞受賞、2015年度日本糖尿病合併症学会Young Investigator Award受賞、2017年度日本糖尿病協会ウイリアム・カレン賞受賞などがある。 専攻領域は、糖尿病、インクレチン関連薬の臓器保護作用、糖尿病と癌。
主な著書に『チャートでわかる 糖尿病治療薬処方のトリセツ』(南江堂)がある。

野見山 すごくいい質問なんですけど、たとえば血糖を正常化して合併症が起こらないようにすることを「治る」と定義すれば、それは治ります。ただ、どんなに食べても、どんなに運動不足でも、血糖値が上がりませんよという状況が治るだとすると、それは無理です。たとえで言うと、40歳の人が「いつになったら20歳に若返れますか」というのと同じことです。

 なので、糖尿病になった方にはよく言っているのですが、糖尿病と戦うのではなくて、糖尿病と共に生きる方法を考えましょうと。糖尿病とうまくつきあって血糖をよくすることによって合併症(糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症、動脈硬化など)が出ない。さらにその血糖をよくするためにいろいろな努力をすることによって、動脈硬化が起こりにくい、もしくは、がんの検査をするからがんが早く見つかってかえって長生きできた、なんていう方も結構いらっしゃいますので。糖尿病と戦うんじゃなくて、糖尿病という体質とうまく付き合って幸せな人生を生きていくということが大事なのかなと思います。

糖尿病の人は、筋トレが大事

――ところで、糖尿病の人は筋トレをやったほうがいいそうですね。

野見山 筋トレはとても重要です。昔は、とにかく有酸素運動をすればいいと言われていたのですが、最近はいわゆるレジスタンス運動だとか、そういう筋トレも見直されてきています。筋肉の量が多くなれば、糖を取り込むキャパシティーが増えるわけです。なので、筋肉の量を増やすことによって、そこに糖を取り込めるようになるので、筋トレはとても大事です。

 ただ、筋トレをしていれば食べてもいいというのは違います。よく患者さんに、「がんがん運動したら、もう好きなだけ食べていいですか」と聞かれるのですけど、それは違いますと。食事はもちろん守った上で、筋トレもやってくださいというふうに説明しています。

――『糖質制限はやらなくていい』の中で、「人間の寿命を決定するのは筋力と筋肉量だ」という記述があるのですが、この点についてはどう思われますでしょうか。

野見山 筋肉量というのはすごく大事です。糖尿病の合併症の中でもサルコペニア(加齢による筋肉量の減少)フレイル(筋肉虚弱)という筋肉がどんどん落ちていくような老年疾患があるのですが、そういった人は寿命が短いことがわかっています。ですから筋肉量を保つということは、一つの長生きの秘訣というか、健康を保つ秘訣だというふうに思っています。

貧乏ゆすりも運動になる

――筋肉と筋肉量ということで、読者に向けてアドバイスしていただくとしたら何かありますでしょうか。

野見山 運動というと、たとえばジムに行くのが面倒くさいですとか、雨が降ったからできませんとか、シューズとかウェアを買うお金がありませんということをよく言われるのですけれど、最近、私たちの世界では、運動をすると言うよりは、身体活動量を上げることが大事だとお話しています。

 よく患者さんに言ってるのは、「オフィスでずっとデスクワークをしている人は、30分に一回はトイレに行ってください」とか、「自分のデスクの所にコップを空にして置いておいて、30分に一回は水を飲みに行ってください」とかですね。

 あとは、洗濯物を干すときにはかごに全部の洗濯物を入れて運ぶのではなく、何回かに分けて洗濯機からベランダまで何往復もして干すようにするとか、ご飯食をべた後やテレビを観ている間に30分間足踏みをするとかです。

 最近は、貧乏揺すりが運動になるということが言われています。METs(メッツ:活動の強度)という指標があるのですが、1メッツが静かに椅子に座ってる状況だとすると、貧乏揺すりは2メッツあり、倍の運動量になることがわかっています。

――貧乏揺すりがいいというのは、初めて聞きました。

野見山 それはよく患者さんに説明しています。運動になっているんです。昔は、貧乏揺すりをする人はお行儀が悪い人だったけれども、今貧乏揺すりをする人は頑張って運動してる人なんですよって、よく市民公開講座とかでも話をしています(笑)。

――食事についても先生の立場から、何かアドバイスはありますでしょうか。

野見山 糖尿病の専門医として言えることは、三食ちゃんと食べることと、間食をしないことが非常に大事です。つまり、空腹の時間を作るということです。そのためにも三回はちゃんと食べるけど、間食は一切召し上がらないというふうなメリハリをつけていただきたいと思っています。

 ながら食い、だらだら食いをしない。食べるときは食べる。食べないときは食べない。よくお菓子を食べてはダメとか、ケーキを食べてはダメという先生もいるのですが、どうしても食べたかったら、食事の時に一緒に召し上がっていただいて、それ以外の時間は一切何も召し上がらない。だからおやつてはなくてデザートにしてくださいというふうに言っています。

――和食がいいという話は前回も出ましたが、それ以外に果物ですとか食物繊維ですとか、食べ物について何かアドバイスはありますか。

野見山 果物は体にいいって迷信があるんですけども、もちろんビタミンをとるという意味ではいいのですが、果物は果糖で単純糖質なので、砂糖の塊です。だから美味しいのですが、ですから果物も普通のスイーツと同じような扱いをして、間食にはしない方がいいです。食事の時に一緒にとるようにする。あとは、糖尿病の栄養指導のなかでは、果物は一日に一単位80キロカロリーまでにしてくださいと言っています。食べ過ぎなければ食べてもいいです。

 食物繊維に関しては、食事の際には食物繊維を先にとってくださいというふうに指導しています。そうすることによって、食後の高血糖が抑えられることがわかっています。ですから、先に野菜を食べて、その後おかずを食べて、炭水化物を食べると、食後の血糖がバーッと上がるのを抑制できます。

――お酒については、何か気を付けた方がいいことはありますか。

野見山 糖尿病的に言うと、血糖値が上がりやすいお酒とそうじゃないお酒があります。蒸留された焼酎やウイスキーなどは、比較的血糖が上がりにくいです。でも、ビールや日本酒などの醸造されたものは糖質が入っているので血糖値が上がりやすい。ただ、飲み過ぎてしまえば全部ダメなので、量をちゃんと守ってもらうことが大事です。

――『糖質制限はやらなくていい』の中では、毎朝のパン食はおすすめできないと書かれているのですが、この点についてはどう思われますか。

野見山 パンとご飯を比べると、パンは作る工程のなかで、脂とか砂糖とか塩とかが結構入っているので、そういった意味では、あまりよろしくないとは思います。ただ、絶対ダメということでもなくて量の問題かなと。糖尿病を診療していていつも感じることですが、パンをお米と同等というふうには考えないようにしていただけたらと思います。

――どちらかと言えば、和食の方が日本人の健康にはあっていると。

野見山 あっているのかもしれないですね。ただ、面白いデータもあって今のZ世代は、西洋文化が当たり前で食事もそういう傾向で、体質もこれからどんどん変わっていくのではないかとも言われています。ハワイの日系二世三世のデータを長年取り続けている友人の研究者から聞いた話ですが、「日本人の遺伝子を持っていても、向こうで長く生活すると体質がどんどん欧米化していく」そうです。ですので、そうした研究がもっと進めば、健康についての常識や考え方もまた変わってくるのかもしれません。

――先生の診療や研究も含めて、今後の目標ですとか、目指すゴールというのは、どういうことを考えていらっしゃるのですか。

野見山 まず研究者としては、糖尿病治療薬の血糖降下作用を超えた血管保護であったり、がんに対しての作用であったりとか、そういったことを研究して論文も発表していきたいと思っています。

 また一人の医療者として目指しているところは、「糖尿病の人の方が長生きできるような社会を実現したい」なと思っています。糖尿病があるということは一つの健康を考えるきっかけであって、そこからちゃんと健康管理をした人は、糖尿病がない人よりもむしろ長生きできるんだというようなことを世界に発信できればいいですね。

 日本では検診で血糖値が高いということがわかり受診を始めるので、そこから予防医学の取り組みをすることができます。ですので、そういったことで糖尿病と付き合っていくことが長生きの秘訣になるというような医療を展開していきたいなと思っています。