成功する人と、そうでない人は何が違うのか。多くの人が関心を持つこのテーマに、「GRIT(やり抜く力)」という新しいキーワードを打ち立て、全米で大きく注目されたのが、ペンシルべニア大学のアンジェラ・ダックワース教授。そんな彼女の長年の研究成果をまとめた書籍は瞬く間に全米でベストセラーになり、30ヵ国以上で刊行が決まった。その日本版が『やり抜く力──人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』だ。「やり抜く力」とは何か。どうすれば「やり抜く力」を高められるのか。子どもの「やり抜く力」を高めるには?(文/上阪徹)

【全米調査で判明】「成功する人」と「ずっと並の人」を分ける1つの意外な能力Photo: Adobe Stock

「成功」を決める「才能より大切なこと」

 2016年にアメリカで刊行されると、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー上位に何週も連続でランクインし、ベストセラーとなったのが、『やり抜く力──人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』。日本でも30万部を突破している。

 著者のアンジェラ・ダックワース教授は、アメリカの教育界で近年、大きく注目されている「グリット(やり抜く力)」研究の第一人者。ハーバード大学を優秀な成績で卒業し、オックスフォード大学で修士号を取得。マッキンゼーの経営コンサルタント職を経て公立中学校の教員になり、その後、ペンシルベニア大学で博士号を取得。心理学者となった。

 2013年には、その功績を称えられ「マッカーサー賞」を受賞した。別名、「天才賞」とも呼ばれる。だが、著者はまえがきで、こう書いている。父親からは、まるで口癖のように、「いいか、お前は天才じゃないんだぞ」と言われて育った、と。

「お前は天才じゃない」と親に言われ続けて育った少女が、おとなになって「天才賞」を受賞するとは。しかも受賞の理由は、人生でなにをなし遂げられるかは、「生まれ持った才能」よりも、「情熱」と「粘り強さ」によって決まる可能性が高い、と突きとめたことなのだ。(P.2-3)

 そして、あの頃の父に言ってやりたかったという著者は、こうも書く。

「お父さん、長い目で見れば才能よりも重要なのは、グリット(やり抜く力)なのよ」(P.4)

 そう言えるだけの科学的根拠を、著者は捉えていた。さらに「やり抜く力」は固定したものではなく、変化することもわかった。科学の知見によって、「やり抜く力」を育むための方法もつかんでいたのだ。

 それを1冊にまとめた集大成が、『やり抜く力──人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』だったのである。

なぜ「才能あふれる人」でも成功できないのか?

 この記事を書いている私は、これまで3000人を超える人たちにインタビューしてきた。中には、社会的な成功や経済的な成功を手に入れていた人も少なくない。起業家、経営者、科学者、作家、俳優、スポーツ選手、ミュージシャン……。

 今も覚えている極めて興味深い取材がある。元日本代表のサッカー選手。素晴らしいテクニックとセンスで日本チームを牽引した一人。その選手が、インタビュー中にこんなことを言ったのである。

「高校時代、僕よりうまいヤツは何人もいた」

 日本で最もうまいと言っても過言ではない選手である。その彼よりも才能ある選手がいたというのだ。では、彼らはプロのサッカー選手になったか。日本代表の選手になったか。答えはノーである。その名をまったく知られることなく、サッカーの世界から去った。

 では、プロになり、代表になった選手と、去った彼らとの違いは何だったのか。それは結局、努力をし続けられたかどうか、だったということだろう。そしてなぜ、選手がそのことに触れたのかにも私は興味を持った。

「才能だけでここまで来ることができたのではない」

 ということ強調したかったのではないか。

 本書『やり抜く力』には、科学的根拠としてのさまざまな分析に加え、著者が研究のプロセスで取材したり、調べたりした人たちのエピソードが次々に出てくる。この登場人物がなかなかの顔ぶれである。

 ジェフ・ベゾス、ウォーレン・バフェット、ジョン・アーヴィング、ウィル・スミス、ウディ・アレン……。さらにアメリカでは著名なイラストレーター、フットボール選手、陶芸家、コメディアン、競泳選手、数学者、チェリスト、弁護士、医師、さらには軍の関係者……。

 そして、彼らの特徴は才能の大きさにあったのではない、と著者は解き明かしていくのである。

 みごとに結果を出した人たちの特徴は、「情熱」と「粘り強さ」をあわせ持っていることだった。つまり「グリット」(やり抜く力)が強かったのだ。(P.23)

報われない人ほど「才能のせい」にしたい理由

 残念なことに、アメリカでも日本でも、努力家よりも天才が評価されてしまう、才能にフォーカスが当たってしまうところがある。それは、本書に出てくるデータでも表される。そして著者はこう記す。

 天賦の才に対するえこひいきは、私たちのなかに潜んでいる偏見のひとつで、努力によって成功を収めた人のことも、「生まれつき才能があったから」と決めつけたり、華々しく活躍している人を見ては、ずば抜けた才能に憧れたりする。(P.46)

 だが、この偏見は弊害をもたらすと著者は語る。「才能」だけにスポットライトを当てることで、ほかのすべてが影に覆われてしまう危険性があるからだ。

「やり抜く力」を含め、実際には重要なほかの要素がすべて、どうでもいいように思えてしまう。先のサッカー選手が取材で語ったのは、まさにこの懸念だったのかもしれない。

 そしてなぜ、「天賦の才へのえこひいき」が起こるのかも、著者はニーチェの言葉を引用して明かしていく。

「芸術家の素晴らしい作品を見ても、それがどれほどの努力と鍛錬に裏打ちされているかを見抜ける人はいない。そのほうがむしろ好都合と言っていい。気の遠くなるような努力のたまものだと知ったら、感動が薄れるかもしれないから」(P.65)
「我々の虚栄心や利己心によって、天才崇拝にはますます拍車がかかる。天才というのは神がかった存在だと思えば、それにくらべて引け目を感じる必要がないからだ。『あの人は超人的だ』というのは、『張り合ってもしかたない』という意味なのだ」(P.66)

 要するに「天賦の才を持つ人」を神格化してしまったほうが私たちはラクなのだ。そうすれば、やすやすと現状に甘んじていられる。

 まず、やるべきことは、この事実を知り、受け入れることだ。成功は才能によって決まるのではない。それは「やり抜く力」によって、もたらされるのだということ。そして「やり抜く力」は、誰にでも伸ばせる、ということである。

(本記事は『やり抜く力──人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。