人生100年時代、お金を増やすより、守る意識のほうが大切です。相続税は、1人につき1回しか発生しない税金ですが、その額は極めて大きく、無視できません。家族間のトラブルも年々増えており、相続争いの8割近くが遺産5000万円以下の「普通の家庭」で起きています。
本連載は、相続にまつわる法律や税金の基礎知識から、相続争いの裁判例や税務調査の勘所を学ぶものです。著者は、相続専門税理士の橘慶太氏。相続の相談実績は5000人を超えている。大増税改革と言われている「相続贈与一体化」に完全対応の『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】 相続専門YouTuber税理士がお金のソン・トクをとことん教えます!』を出版する(発売は5月17日)。遺言書、相続税、贈与税、不動産、税務調査、各種手続という観点から、相続のリアルをあますところなく伝えている。
本日は、生前贈与に関する「3つの注意点」と、2023年4月からの新ルールについてお話しします。
事例紹介
1億円の財産を所有する母と、A子とB太郎という子どもがいました(父は既に他界)。
母は、A子が新居を購入するにあたり、頭金の援助として2000万円を生前贈与しました。この時点で母の財産は1億円から8000万円に減少します。時は経過し、母が亡くなり相続が発生します。四十九日も過ぎたころに、A子とB太郎は、母の遺産の分け方について話し合いをすることにしました。A子は言います。
「お母さんが残した遺産は8000万円ね。法定相続分は2分の1だから、4000万円ずつ分け合いましょう」
しかし、それに対してB太郎は反論します。
「いやいや、姉さんは母さんから既に2000万円の生前贈与を受けているだろ? 相続でも4000万円もらうなら、合計で6000万円もらうことになるじゃないか! それに比べて僕は4000万円しかもらえない。そんなの不公平だ!」
それに対し、A子は反論します。
「確かに生前贈与で2000万円もらったけど、生前贈与と相続は関係ないじゃない! 遺産8000万円は半分ずつよ」
この議論、皆さんはどちらが正しいかわかりますでしょうか?
生前贈与と相続の意外な関係
正解は、B太郎の主張に軍配が上がります。世の中の多くの方が、「生前贈与と相続は関係ない」と思っていますが、これは間違いです。
法律上、生前贈与で渡した財産は、遺産の前渡し扱いとなります。遺産分割協議の際は、その前渡し分を加味して分け方を考えなければいけません。
この前渡し分のことを、特別受益と言い、特別受益を亡くなったときの遺産に持ち戻して相続分を計算することを、特別受益の持ち戻しと言います。
先ほどの例では、A子が生前贈与でもらった分を持ち戻して相続分を考えます。
【相続財産】遺産8000万円+特別受益2000万円=1億円
【法定相続分】1億円×2分の1=5000万円
結果として、8000万円の遺産はA子が3000万円、B太郎が5000万円を相続する形になります。
(※遺産分割協議は原則として、両者の合意があれば自由に分け方を決めることができます。そのため、B太郎が「先に贈与でもらった分は持ち戻さなくていいよ」と納得するのであれば、4000万円ずつ遺産を分けても問題ありません)
特別受益の3つの注意点
この特別受益を巡るトラブルが後を絶ちません。これから生前贈与を検討している方、既に生前贈与をしている方は、特別受益の基礎知識をしっかり押さえておきましょう。①対象となる生前贈与、②時効、③持ち戻し免除の意思表示。この3点を解説します。
注意点① 対象となる生前贈与
親から子どもに資金援助をしたとしても、すべてが特別受益になるわけではありません。特別受益の対象となる生前贈与とは、「親族間の扶養的金銭援助を超えるもの」です。言い換えると、「家族として食費や学費、医療費等を負担してあげるのは当たり前の行為なのでノーカウント。そういった類を超える大きな贈与を特別受益と扱う」ということです。
特別受益の代表例は、子どもが新居を購入する際の頭金の援助です。他にも、結婚の際の持参金や支度金も、金額が大きければ特別受益に該当します。
しかし、結納金や挙式費用を親が支出しても、一般的には特別受益には該当しません。結納金は、子に対する贈与ではなく、結納の相手方の親に対する贈与であり、挙式費用も、子に対する贈与ではなく、親と挙式会社との契約費用と考えられているためです。
また、大学等の学費については、兄弟姉妹の中で特定の子だけを医学部へ進学させ、その他の子をそれ以外の学部に進学させた場合等の学費の差が、特別受益に該当する場合もあります。
年間110万円の生前贈与は?
これは私見ですが、相続税対策のために行う年間110万円の生前贈与等は、高い確率で、特別受益に該当すると考えます(扶養的金銭援助を明らかに超えていますので)。
注意点② 時効
特別受益には時効という概念が存在しません。極端な話、30年前でも40年前であったとしても、特別受益となる生前贈与がある場合には、持ち戻しの対象になります。ただ、実際に何十年も前の生前贈与を立証するのは非常に困難です。「そんな贈与、知らないよ」としらを切られてしまえば、それまでになってしまうかもしれません。
注意点③ 持ち戻し免除の意思表示
本来、特別受益となる生前贈与があれば、遺産分割の際、遺産に特別受益を持ち戻して相続分を決めるのが原則です。しかし、もしも贈与した人が、「生前贈与はするけど、私が死んだときに特別受益として持ち戻さなくていいよ」という意思表示をしていた場合には、持ち戻し計算は免除されます。これを特別受益の持ち戻し免除の意思表示と言います。
先の例でいえば、母からA子に贈与した2000万円について、母が持ち戻し免除の意思表示をすれば、実際の遺産分割の際には4000万円ずつをA子とB太郎で分けることになります。
法律上、この制度は口頭だけでも成立するとされていますが、口頭だけだと「言った・言わない」の水掛け論になることが明らかなので、持ち戻し免除の意思表示をする場合には、その旨を書面に残したほうがいいでしょう。「うちの子どもたちは平等にしないと揉めるかもしれない」と感じるのであれば、生前贈与分も加味したうえで平等に分配しましょう。
2023年4月からの新ルール! 特別受益の主張ができなくなる!?
2023年4月より特別受益と寄与分のルールが変わります。これまで「遺産分割はいつまでにしなければいけない」という法律がなかったため、遺産分割が超長期化してしまう例が後を絶ちませんでした。
そこで、2023年4月1日より民法が改正され、相続開始後10年経過すると、「特別受益や寄与分の主張ができなくなり、原則として法定相続分で遺産分割をしなければいけない」という新しいルールが適用されることになりました。そのため、特別受益や寄与分の主張をする予定の方は、できるだけ早く動いたほうがいいでしょう。
また、2023年4月時点で既に10年経過している場合には、2023年4月から5年間の猶予期間が与えられています。
(本原稿は橘慶太著『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』から一部抜粋・編集したものです)