ウェルビーイングがなぜ重要か
今、「幸せ(ウェルビーイング)」は、世界的アジェンダになっている。図表1は世界で論じられている主なアジェンダを、当社独自の視点でマッピングしたものである。縦軸は世界的アジェンダの対象が環境・地球を対象とするものか、人類・社会を対象とするものかという「対象」の軸である。横軸は、ネガティブなものをその要素を減じることでニュートラルすることに力点を置いたLess Negativeなアジェンダと、反対に、ニュートラルなものをより良く、よりポジティブにすることに力点を置いたMore Positiveなアジェンダとに整理している。
このマップは、「幸せ」がその他のアジェンダとオーバーラップしつつも、サステナビリティや、未来創造が目指す先の姿として位置付けられていることを示している。この関係性からも、「幸せ」が重要なアジェンダであると我々は考えている。
また、マーケティングの進化論と幸福の間にも関係性が見られる。マーケティング論の権威であるフィリップ・コトラー(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院特別教授)によれば、世の中の消費に対する成熟度およびテクノロジーの進化が高まるのと呼応して、より高次の欲求に応えるように段階的にマーケティングは進化してきた。それと同時に、マーケティングや経営に関するコンセプトとして、カスタマーサクセス、パーパス経営、D2C(Direct to Consumer)などが生み出されてきたが、かみ砕いて言うと、これらは大きく2つのことを意味している。1つは、カスタマーサクセスやLTV(Life Time Value)などの「顧客との長期的な関係性」の話であり、もう1つは、パーパス経営やD2Cなどの「世界観・価値観」の話だ。
その意味で幸福度は、幸福を媒介にして顧客との長期的な関係性を築くことである。消費者からすると、幸福度を掲げる企業は明確に、幸福という世界観・価値観を提示する存在ということになる。いずれの側から見ても、幸福を基軸としたマーケティングは新時代を体現するコンセプトといえよう。
実際に、消費者行動の視点でも、Z世代の若者を中心に世界観や理念に共感した企業の商材・サービスを選ぶ傾向が強まっている。それに呼応するかのように、多岐にわたる業種の先進企業が「幸せ」「ウェルビーイング」といった言葉をパーパスや経営理念、経営戦略に組み込み始めている。
例えば、2018年に積水ハウスが「住めば住むほど幸せ住まい」を標ぼうした「住生活研究所」を、2020年には日立製作所が新会社「ハピネスプラネット」を設立した。2021年には住友生命が「一人ひとりのよりよく生きる=ウェルビーイング」に貢献する新ブランド戦略の展開を始めた。2022年にはパナソニックがサステナビリティとウェルビーイングに注力した技術戦略を打ち出した。今年に入り、味の素がパーパスにウェルビーイングを掲げ、進化させた。
また、ここ20~30年ほどで幸福に関する重要な知見が明らかになっている。「ポジティブ心理学」は、通常の状態の人が、よりポジティブに、より幸福になるためにはどうすべきか、という問いに答える学問として発展してきており、それが幸福に関する研究を発展させる契機となった。このような流れの中で明らかになってきた重要な知見は数多く存在するが、特に重要なポイントを2つだけ紹介しよう。
一つ目は、「幸せ」の構成要素が明確になってきているという点だ。世界でさまざまな研究者が幸せの構成要素を定義しているが、おおむね似通った形で幸せを定義しており、幸せには共通の構成要素があるようだ、ということがポイントだ*2。
二つ目は、幸せと成功の因果関係だ。従来、幸せと成功の因果関係は、「成功するから、幸せになる」と考えられてきた。しかし、各種の先行研究*3によると、「幸せだから、成功する」という従来とは逆の因果関係も成り立つことが示されている。
例えば、主観的幸福度の高い人はそうでない人に比べて創造性は3倍、生産性は31%高い傾向にある。また、幸福度の高い人は職場において良好な人間関係を構築しており、転職率・離職率・欠勤率はいずれも低いというような知見が得られている。