ネット・プロモーター・システム(NPS)で「顧客愛」というパーパスを実現する非財務指標としてのNPSの普及を目指す、という。Photo by Ryo Otsubo

世界39カ国64拠点で事業展開する大手コンサルティング会社、ベイン・アンド・カンパニーの現フェロー、フレッド・ライクヘルド氏が約20年前に提唱したNPS(Net Promoter Score/System、ネット・プロモーター・スコア/システム)。製品やサービスに対する顧客ロイヤルティを、シンプルかつ強力な指標で測定し、それを高める方法だ。氏は継続して研究を深め、2021年に書籍(邦訳『「顧客愛」というパーパス<NPS3.0>』、プレジデント社)を著した。同書では、NPSが企業業績にいかに結びついているかを測定する、「プロモーター獲得成長率」という新たな指標を提示しつつ、顧客から選ばれること、顧客中心主義であることがいかに企業価値に結びつくかを明らかにしている。共著者である同社パートナーのダーシー・ダーネル氏の来日を機に、最新のNPSについて話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド社 ヴァーティカルメディア編集部 編集長 大坪亮、構成/奥田由意)

究極の質問
「親しい人に薦められるか」

―― ご著書のタイトルにあるNPSとは、どういうものですか。

 ダーシー・ダーネル(以下、略) NPS(Net Promoter Score/System)は、ネット・プロモーター・スコアとネット・プロモーター・システム、両方の略語です。

 システムは顧客に耳を傾け、顧客をより深く知って、顧客により貢献し、より深い関係性を築くことで、企業の長期的な成長を獲得するプロセスです。そして、NPSのスコアは、企業の商品・サービスが顧客にいかに愛されているかを測る指標です。

 スコアを測る際の質問、「この企業・ブランドを、あなたは親しい人に薦めたいですか」には、顧客満足以上のものを目指すという意図があります。顧客は、その企業に単に満足するだけではなく、その企業が、自分が愛する人の人生を豊かにできると信じていなければ、その企業のことを親しい人に薦めたりはしないからです。

―― NPSのスコア(以下、NPSはただし書きがなければスコアを指す)はどのように算出しますか。

「同僚や友だちにこの会社を推薦しますか」と質問し、0〜10点で回答してもらいます。

 9〜10点をつけた人は企業を推奨してくれる「推奨者」、7〜8点は「中立者」(推奨者でも批判者でもない)、0〜6点を「批判者」とみなします。ネット(純)とは、9〜10点の人数から、0〜6点の人数をひいたパーセンテージということです。

 なぜこの質問が有効なのかというと、これまでのデータから、友だちに紹介したいというほどその企業を気に入ってくれていれば、その企業に対してよほどのロイヤルティがあり、企業の成長に大きく寄与してもらえるであろうことがわかっているからです。

――ご著書では、米国ではNPSがかなり浸透しているとのことですが、具体的にどのくらいですか。

 「フォーチュン500」の企業の約3分の2が、NPSを使っており、対外的にその数値を公表しています。また、(日本企業で言えば部長以上にあたる)シニアマネジャー以上の地位にあるビジネスリーダーの、NPSの認知度は95%にのぼる、という調査結果もあります。

――米国『ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年11-12月号で発表した際の論文タイトルは、「Net Promoter 3.0」です。これまで1.0、2.0、3.0と、どのように発展してきたのでしょうか。

 1.0 は、冒頭のNPSの定義とシンプルな「親しい人に薦めたいか」という質問です。

 2.0では、NPSの数値を使い、現場、中間管理職、経営陣が顧客の声を聞いて、顧客から学ぶことができるようにするシステムに進化しました。システムを有効に運用するには、次の3つのプロセスが必要です。

(1)現場対応のフィードバックループ:現場でスタッフが直接顧客からフィードバックをもらい、改善を目指す。

(2)チームでの作戦会議:(1)の現場の知見を集め、メンバー同士で学び合う場として、チームで定期的に作戦会議を行う。

(3)組織対応のフィードバックループ:(1)のデータから、現場や組織内だけでは解決できない問題――例えば料金体系を変える、商品設計を変える、データを使って顧客体験のシステマティックな改良を検討する、など、取引先や顧客などが絡む問題に本社で組織的に対応する。

 NPS3.0では、2つのイノベーションがありました。

 ひとつは、EGR(Earned Growth Rate、プロモーター獲得成長率)という数値を開発したことです。これは、推奨者が誰かにその企業の商品・サービスを紹介したことで、企業の成長にどれくらいの影響を与えたかを測定できるものです。

 具体的には、既存顧客からの継続的な売上高と、既存顧客の紹介による新規顧客からの売上高の合計が、自社の全体の売上高に占める割合を示します。

 もうひとつは、顧客とのやりとりの情報が蓄積されるなかで、対面の現場で得たデータとデジタルで獲得されたデータを、継続的に自動的に統合するようなプロセスを確立したことです。

――EGRの開発によって、企業にどのような恩恵があったのでしょうか。

 これまででも、NPSの概念自体は広く理解されていましたが、それが実際のビジネスにどのようなインパクトを与えるのかははっきり測定できませんでした。

 EGRを使うことで、NPSのリアルな事業への影響をシステム化して理解することができ、それをよりよくサポートしたり、採り入れたりするにはどうすればよいかがわかるようになったのです。

――NPSが米国で浸透しているのは、なぜですか。

 多くの経営陣は資本主義経済の中で利益を追求しており、そのこと自体は、従業員や株主に対して負っている責任を果たすための立派な仕事です。ただし、経営者に直接的な喜びをもたらすものではありません。

 誰かの人生に好影響を与えていると感じられるほうが、励みになるし、喜びがある。しかも、結果的に企業の業績成長にも結びついていることがデータで明らかになっている。そのことを米国の経営者が実感しているからだと思います。

 そして、「この商品・サービスを友人や同僚に薦めたいか」というシンプルな質問と答え自体が、わかりやすく説得力のあるものであることも大きな理由でしょう。

 さらには、NPSの算出方法を秘匿せず、オープンソースにして、みんなが使えるようにしていることも普及した理由のひとつだと思います。