DX(デジタルトランスフォーメーション)は論じる時期を過ぎ、実践して、成果を出す段階にある。本稿では、DXでいかに優れた価値を創造するか、その実現に必要な三つの要件を、国内外のDX成功事例を用いて、紹介する。(ベイン・アンド・カンパニー東京オフィス パートナー 西脇文彦)
成功した日本企業が備えていた要件
欧米企業は全般的に、デジタル化で日本企業の5〜10年先を進んでいる。これは各種の調査で示されているため、周知の事実であろう。そして、欧米市場においては、DX(デジタルトランスフォーメーション、デジタルを活用した事業や企業の変革)の成功事例が数多く生まれている。
DXを成功させている欧米企業においては、「D(=デジタル)を主語にどういったことができるか」ではなく、「手段としてのデジタル技術を活用し、いかに事業、オペレーション、企業文化を変革するか。そして、顧客をはじめとするステークホルダーに、どのように優れた価値を提供するか」という「X(=トランスフォーメーション)」の部分に重きが置かれている。
デジタル技術が普及し、数年前にはできなかったことが当たり前にできるようになった今日、トランスフォーメーションの肝となるのはテクノロジーではない。重要なのは、
1、野心的な目標設定
2、目標の実現に向けて組織を動かす、意思決定の質とスピード
3、組織全体が同じ目標に向かって突き進む、企業文化
の三つの要件である。
これらの3要件は、必ずしもDXに限った成功の肝ではない。
過去に日本企業が、海外の競合を凌駕(りょうが)するイノベーションやカイゼンによって、世界をリードしてきたのは、例えば、半分の部品点数で、半分の工期で、半分のコストで、既存製品よりも良い製品を作るにはどうしたらよいか、といった一見無理難題に思えるような野心的な目標に対し、組織一丸となって知恵を絞りブレークスルーを実現してきたことが大きい。それを起こさせる企業文化が、多くの日本企業には備わっていた。
つまり、これら3要件に基づいて、大きな成果を得た経験が、日本企業にはある。DXでも、同じことを実践すればよいのだ。
技術革新のスピードが速いデジタルの世界では、こうした組織的要素の重要性がますます高まっている。なぜなら、革新技術を組織全体で活用することが、てこのように働き、企業の効率性を飛躍させるからだ。
コロナ禍により、リモートワークやデジタライゼーションが日本企業の間でも過去数年間で大きく進んだ。
それまで各現場や特定の個人に埋もれて見えていなかった情報のデータでの可視化や、地域や部門をまたいだコラボレーションがオンライン上で可能になる環境が急速に整った。
経営から現場に至るまで、あらゆるビジネスシーンで、これまでとは比べものにならないほど速く、正確な意思決定を下し、実行に移すことができるようになっている。
今日、DXは論じる時期を過ぎ、いかに実践し成果を出すかの段階にある。
短い論考でそれを提示するには、成功モデルを示すことが有効と考え、本稿では、国内外の二つの成功事例を用いて、DXでどのようにして優れた価値を提供するか、その実現に3要件がどのように関わっているかを紹介したい。