「最低やな!」松本人志は激怒した…〈3人目のダウンタウン〉が回想する1989年の絆Photo:Chung Sung-Jun/Getty Images

4月に吉本興業の会長を辞し、6月29日の株主総会を経て退社する大﨑洋さん(69)。駆け出し時代のダウンタウンの才能を見出し、ブレイクへと導いたことで「3人目のダウンタウン」とも称される大﨑さんが、著書『居場所。』(サンマーク出版)を上梓した。

7万部突破の話題作から、大﨑さんとダウンタウンとの知られざるエピソードを一部抜粋、再構成してお届けする。

◇◇◇

大人になると友達は減る

「学生時代の友だちは、かけがえのない存在」

「本当に心を許せるのは、昔ながらの友だち」

 これは本当によく言われることで、「ずっと友だち」は尊いとされています。

 学校の先生からして「友との出会いを大切にしよう」なんて真顔で言いますし、韓国ドラマでもアニメでも、深い絆で結ばれた親友は、「ガキの頃からの長いつきあい」と決まっています。

 確かに、その通りと思える話ではあります。

 なぜなら、大人になって仕事をしたら、利害関係のあれやこれやが出てきて、「俺たち親友だ!」とはなりにくい。さらに会社の同僚は、同じ釜のメシを食べているのにライバルとして競争させられることもあります。

 また、大人になると友だちは減っていきがちです。

 学生の頃は一緒にアイドルの追っかけをし、好きなことも楽しいこともピッタリ合っていた親友同士が、いつの間にか疎遠になる。子どもがいる専業主婦と、シングルで働く女性という具合に立場が変わると、話も合わなくなり、連絡も取らなくなったりする……。

 だから、「若いうちに本当の友だちをつくっておかないと!」と、強迫観念じみた焦りが生まれるんだと思います。

「共通点の多さ」が友だちの条件?

「最低やな!」松本人志は激怒した…〈3人目のダウンタウン〉が回想する1989年の絆大﨑 洋

 友だちになるきっかけは、人それぞれ。それなりにバラエティに富んでいると思いますが、「共通点が多い」というのがほとんどではないでしょうか。

・学校が同じ、クラスが同じ、クラブが同じという共通点

・年齢が同じ、住んでいる街が同じ、という共通点

 趣味が同じ、好きなミュージシャンが同じというのも、友だちになるきっかけです。

 僕の生まれ育った頃は、今よりうんと情報が少なくて何かとざっくりしていたから、「趣味が同じ」という場合も呑気なもんでした。

「おお、ロックが好きなのか、そんならオールマン・ブラザーズ・バンドはどや?えっ、好き?  気ぃが合うわあ。ほな、レコード貸すわ」

 この程度でたちまち親友のできあがりでした。

 ところが今は膨大な情報をもとに、あらゆるものがマニアックに細分化されています。

 仮に歴史オタク同士だとしても「大河ドラマの真田丸が大好き」という人と、「池波正太郎が書いた『真田太平記』の9巻にあるエピソードを語り尽くしたい」という人は、話が噛み合わないし、『戦国無双』のゲーマーとはさっぱりわかり合えないというややこしさです。

 そこにSNSが加わって、「こいつの本音は違うんじゃないか」とか「仲が良いと思っていた人に、裏アカで悪口を書かれた」なんて疑いや不安がとぐろを巻く。明るく「友だちをつくろう!」なんて、不可能なんじゃないかとすら思えてきます。

 ある時、高校生が集まるトークイベントで友だちについて聞かれた僕は、だからこう答えました。

「友だちなんか、無理してつくらなくてええやん」

松本が激しく怒ったわけ

「最低やな!」松本人志は激怒した…〈3人目のダウンタウン〉が回想する1989年の絆Photo:Vittorio Zunino Celotto/Getty Images

「友だちをつくらない」なんて言ったら、本当に困った時に誰も助けてくれない──そういう反論もあるでしょう。確かにそれは、その通りなんです。

 いろんな経験を積み、大きくなった松本くんは「大阪でずっと暮らしていたい」という思いを越え、1989年にダウンタウンは本格的に東京進出を果たします。

『笑っていいとも!』の月曜レギュラーになるなど瞬時に全国区の人気者になり、やがて『4時ですよ〜だ』を卒業して『ガキの使いやあらへんで!』『ごっつええ感じ』という冠番組を持つトップ芸人になります。

 ここで再び、僕に辞令が出ました。

「ダウンタウンは東京に行かせるが、大﨑は正式な担当マネージャーでもなんでもない。そや、そもそも全然関係ないやろ。大阪に残って新喜劇を担当しろ」

 二人が認められず、仕事もない頃から「こいつらは最高だ」と信じて、一緒にやってきたんです。それなのにやっと光が当たって人気者になったとたん、引き離すような辞令でした。会社には、僕が困った時に助けてくれる人はいなかったということです。

 だけど、味方がいなかったわけじゃありません。

松本は吐き捨てるように言った

「大﨑さん。会社の上司とかって、ほんまにしょーもない。最低やな!」

 松本くんと僕が会ったのは、大阪のホテルニューオータニ。僕が座るなり、松本くんは吐き捨てるように、

「最低や」

 と、もう一度呟きました。聞けば、吉本の幹部の一人に呼び出され、「東京に本格進出なら、そろそろマネージャーを代えたほうがいい」と言われたと言うんです。

 怒りに震える松本くんの姿を見ていると、同じくらいに燃えていた僕の怒りは、不思議なことにすーっと落ち着いていきました。

 ダウンタウンと僕がゼロから築き上げたものが、気に食わないという男の嫉妬。松本くんと浜田くんの東京進出は、「この二人はいずれ世界進出できる」と考えていた僕にとっても、夢の第一歩でした。

 絶好のタイミングがやっと来たのに、せこい男のジェラシーによって引き離されるのはもちろん悔しいけれど、

「松本がここまで怒ってくれるなら、それでええやん」

 と思えてきました。うれしかったし、「こいつとは、根元のところでつながっている」と確信できました。

 芸人とマネージャーは、友だちではありません。どんな関係かはうまく言えないけれど、つよいつながりなのだと信じられる、松本くんのうれしい怒りでした。