これまでの時代には、鍛錬や結果を出すことに集中できた格闘家やアスリートも、SNSを通して「自分らしさ」の発信が求められる時代になりました。格闘家やアスリートのファンたちは、彼らにどんな発信を求めているのか。どうやったら「話す力」を身につけていくことができるのか。音声プラットフォームVoicyで人気の配信チャンネル「青木真也のラジオ」を持つ格闘家の青木真也氏と、『新時代の話す力』を出版したVoicy代表の緒方憲太郎氏が、アスリートに必要な「話す力」について語りました。(構成/谷本明夢)

「おまえは、恥ずかしいことをどこまで言えるか」<br />格闘家・青木真也が考えるアスリートのセルフプロデュースのコツ<br />Photo: Adobe Stock

アスリートに必要なのは
「ごまかさずに伝える力」

緒方憲太郎さん(以下、緒方) 格闘家やアスリートの中でも、青木さんが実践している、ストーリーで多くの人に感動を届ける力はすごいですよね。

青木真也さん(以下、青木) 僕は文章も書きますが、やっぱり音声って、一番ごまかしが効かないと思うんです。音声は文字よりもリアルで、加工できない。だからこその価値がある。

 聞き手の立場から考えても、最後まで全部聞かなきゃいけないじゃないですか。お互いにごまかしが効かないからこそ、大事なことは声で伝えないと、と思います。声で「試合前が怖い」と話すと、すごくリスナーに伝わるんです。

「おまえは、恥ずかしいことをどこまで言えるか」<br />格闘家・青木真也が考えるアスリートのセルフプロデュースのコツ<br />格闘家の青木真也さんは、Voicyで人気チャンネル「青木真也のラジオ」を配信している。

緒方 青木さんが、実は内心では「怖い」と思っていると打ち明けると、聞いてる僕も一緒に怖くなってきたりもします。

青木 そうですよね。僕がよく言うのは、「深く伝えたい」というサブカル的なものは、Voicyなど音声プラットフォームで伝えた方がいいんです。

緒方 格闘家やアスリートにとって、話すことは結構大事だと思います。そして、青木さんはそれができている。一方で、それをできてない人もいますよね。そういう人が「話す力」をつけるにはどうしたらいいと思いますか。

青木 最近よく思うのは、「話すのがうまい」ということはない、ということです。結局、その人の本業があるからこそ伝えることがある。緒方さんには緒方さんの仕事面での力があるから伝わるのだろうし、僕のような格闘家であれば、格闘技がうまいからこそ、話すことで伝わるものがある。大切なのは、ごまかさないということだと思います。

緒方 「ごまかさないで伝える」というのは、どういうことですか。

青木 恥ずかしいことや言いづらいことも、全部出すということです。格闘家の場合、試合の前や負けた後は、コメントなどを出さない人っていますよね。でも、「負けて悔しいです」っていう気持ちを出せるのが音声、つまりは話すことの強みだと思うんです。

緒方 アスリートの中にも、それを出せる人と出せない人がいる、と。

青木 ほとんどの人が出せてない気がします。やっぱり、加工しちゃいますよね。格好悪いから。

緒方 なのに、なぜ青木さんはそれを出せるんですか?

青木 出した方が人に感情移入してもらえるからです。僕の場合は、常に受け取ってくれる人のことを考えてるんです。自分が恥ずかしいとかじゃなく、格闘技選手として自分はプロフェッショナルなので、相手にどう受け取られるかをいつも考えています。

緒方 今回、僕の著書の『新時代の話す力』の中で、まさに、人の心を掴むためには、包み隠さず話して恥を捨てるということがポイントだ、と書きました。青木さんはそれを実践されていますよね。

青木 恥ずかしいことをどこまで言えるかが大事だと思うんです。ただそれを実践するには慣れが必要です。場数をこなすこと。あと、音声は自分がやりたくないときほど発信したほうがいいと思っています。

 例えば試合で負けた後とか。絶対に恥ずかしいわけですよ。でも、音声はめちゃくちゃたくさんの人が聞くものじゃないですよね。好きな人しか聞いてないから、誤解が生まれにくいし、人の心を掴むグリップ力が強い。だからこそ、表に出たくないそういうときほど、発信した方がいいと思います。

相手が何を求めているかを察して、
欲しい言葉を渡そう

緒方 格闘家やアスリートが、プレーだけで自分自身を理解してもらおうっていうのは、すごく難しいと思うんです。そんな中で「話す力」があるかないかで、人生が変わると思うんです。

青木 スポーツの世界で言うと、「その人らしさ」を伝えることは、今までは第三者がやってくれていたんです。例えば格闘技では、試合前にあおり映像みたいなものがあって、それを通して、プロデューサーが勝手に偶像を作ってくれていた。でも、だんだんと手が回らなくなってきて、格闘家が自分でプロデュースしないといけなくなってきた。その結果、一人ひとりの「話す力」が必要になってきたと思います。

 あと、格闘家やアスリートの「話す力」として、取材慣れというか、相手がどんなコメントを求めてるのかを察知する能力が大切だと思います。例えば僕の場合、スポーツ新聞の取材は3~5分で終わったりします。それは、「この人は取材でこういう言葉が欲しいだろうな」という見出になる部分だけ、パッと伝えるからなんです。そういう、見出しを作る能力とか、相手が欲しい言葉を伝える能力は、これからもっと大切になってくると思います。

緒方 自分のことを自分らしく出すということだけじゃなくて、人がどう受け取るかや、人にどう感じてもらうために言葉を出すかを考える能力は、どんな職種でも必要になってきますよね。

青木 究極、どの業界でも大切なのはコミュニケーション力なんでしょうね。

緒方 今、どんどん人付き合いが減ってきて、「自分らしく」と言いながら、相手のことを全然考えなくなってきちゃっているんですよね。

青木 行き過ぎた個人主義みたいですね。

緒方 そうなんですよね。個人主義なのに、自分たちが熱狂したい相手には、ストーリーと話す力を求めている。自分は人のことを考えるのがイヤだけれど、自分のことまで考えて発信してくれる人は大好き、みたいな。

青木 昔のように、読み解く力が減ってしまったのかもしれませんね。

緒方 ということは、逆にそれができるようになれば、とても得をするということですよね。

青木 相手が何を求めているかを考えて話せるだけで、「いち抜けた」になると思います。

発信を続けて
自分らしさを磨いていく

青木 音声配信も続けることが大切です。僕は今は「音声の発信って大切だな」と思っているから続けられています。でも最初はその価値に気づきませんでした。みんな、そこでつまずいていると思うんですが、音声配信を続けるコツってありますか。

緒方 毎日その人の話に触れたいって思う理由は、おもしろい話が聞きたいからというよりも、「その人の感受性のフィルターを通して社会をどうみているか」を知りたいんだと思うんです。社会をどう捉えるか、人生をどう楽しく考えるか。そのきっかけみたいなもの、ライフスタイルではなく、ライフスタンスが知りたいんです。生きる姿勢、とでも言うのでしょうか。

青木 その人の視座から何が見えているかを知りたい、ということですね。

緒方 だから、音声で毎日発信をしようと思ったとき、「毎日役立つ話をしよう」と思わなくていいんです。例えば、元プロ野球選手のイチローさんと毎日10分お茶を飲めることになったら、どんな話が聞きたいかと言うと、現役時代のすごかった話じゃなくて、今日の天気をどう捉えるのかとか、その人のフィルターを通すと社会がどう見えるのか、です。そこが、びっくりするくらいスイートにおもしろいんです。

青木 ちなみに、ひとり語りって結構難しいと思うんですが、ひとり語りのコツはありますか。

緒方 配信における話し方には、ライブ配信形式と対談形式、ひとり語り形式というパターンがあります。例えばライバーさんのように、ライブ配信形式で飛んできたコメントに答える話し方は、発信者は思考停止して、リスナーの質問にただ答えるだけになりがちです。このときは、発信者が自分の持つリソースを切り崩しているんですよね。

 対談形式だと対談相手の世界観があるので、AとBを足したらCになる、みたいなおもしろい化学反応が起こります。

 じゃあ、ひとり語り形式はどうかというと、Aの人が自分のフィルターを通して話すことを繰り返していく。そのうちに、A’やA’’みたいに、どんどん自分らしさが出てくるんです。声がだんだんうわずったり、ぐっときてしまったり。その人の思考と心の成長がまざまざとリスナーに届いていく。話せば話すほど、その人が魅力的になっていくというのは、ひとり語りの方によりあることだと思います。

青木 ひとり語りのときは、自分を磨いている感覚で話せばいいのか。

緒方 自分に向き合っていればいいし、自分に話しかけたらいいんだと思います。「明日、自分が聞くんだ」と思って話していていいんです。そんなひとり語りができるようになった人は、めちゃくちゃ強いんです。これは、Voicyのパーソナリティみなさんが言うんですが、ひとり語りで発信していると、日々の感受性がすごく上がる、と。「明日、何をしゃべろうか」とか「これに対して今、自分は何を考えているんだろう」とか。自分の思考が言語化されるし、より「自分らしく生きる」ことをしっかり踏み込んで考えられるようになれます。

青木 内省、つまり自分を省みる作業になる。その部分は、僕はまだかな。とりあえずしゃべってみようという感じで、うまくできている自信がないですね。

緒方 ただ青木さんのチャンネルは、「有料でも聞きたい」という人がいますよね。それは多分、青木さんの「心の揺れ」が聞きたいんだと思うんです。

青木 完璧なものとか、作り上げられたものじゃなくて、ということですね。

緒方 そういう完璧なものは、インタビューの記事でいいんです。そうじゃなくて、青木さんが今、何に心が揺れているんだろうとか、何を悔しいと思っているんだろうとか。今の、ありのままの不完全なところを出してくれるのがグッとくるんです。

青木 最近僕はVoicyで話す中で、まだ考えがまとまってない途中のものを出すことが多いんです。プロセスエコノミーじゃないけれど、僕の思考の過程が見えますよね。その部分が、人に感情移入されやすいんだろう、という気がします。

音声発信でファンに感謝を伝える

緒方 青木さんが、普段の配信を通して伝えたいことは何ですか。

青木 僕は、とにかく「ありがとう」と言う気持ちを、配信を通してファンのみなさんに伝えています。すごく応援してくださっている方々に、「いつもありがとうね」という気持ちを伝えているのがVoicyです。

緒方 リスナーの方々に気持ちが伝わってるなと感じるのは、どういうときですか。

青木 街中で「この間、Voicyでコメントを拾ってもらいました! ありがとうございます!」とか声をかけられたときですかね。それで、なんか熱くなるというか。そういうことが続くと、「やっぱり伝わってるな」という実感が湧きます。そういう部分で、音声配信って、実は格闘家やアスリート向きのコンテンツだと思うんです。

緒方 青木さんの放送を聞いていると、ものすごく感情を出していて、音声って感情の共有コンテンツなんだなと改めて感じます。

 一方で、世の中の多くの人が話すのは得意じゃないとか、声が良くないとか、人前で話すなんて、と思っていますよね。でも、これは青木さんのことを大好きだと言う前提で言っていますが、正直なところ、青木さんの声は別にきれいなわけじゃないですか(笑)。それでも青木さんのメッセージは伝わるんです。「話す力」さえあれば、どんな声だって、絶対に届くんですよね。

 青木さんは、まだ音声配信をしていないアスリートに向けてどんなことを伝えたいですか。

青木 音声配信はそんなに広がらないけれど、本当に応援してくれる人に感謝の気持ちを届けられる。本当に好きでいてくれる人に、より価値を感じてもらえるコンテンツだと思います。

緒方 感謝を伝えられるコンテンツっていうのはすごく面白いですね。本当にありがとうございました。