仕事、恋愛、人間関係……。しんどいことが続くと、すべてが嫌になってしまうこともある。「悩んだときに心が軽くなる本」として、幅広い年代に人気の『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(クルベウ著 藤田麗子訳)は、自分より他人を優先してしまう、我慢しがちな人におすすめの1冊だ。近年では著名人が自ら命を絶つ報道などを目にする機会が増え、報道を見た人への影響も懸念されている。精神科医で禅僧の川野泰周氏に本書の内容をふまえて、「つらそうな人に対して周りができること」について話を聞いた。(取材・構成/林えり、文/照宮遼子)
SNSで落ち込む人は多い
──最近、若い方の自死報道を目にする機会が増えたように思います。社会の状況的に追いつめられるようなところがあるのでしょうか。
川野泰周(以下、川野):そうですね。著名人の方のそういった訃報を目にする背景には、長く続いたコロナ禍の影響、あるいは社会全体が先行き不透明であることも関係があるかもしれません。
そして、もう一つの大きな要因として、「SNS」が挙げられると思います。
──たしかに、SNSで否定的なコメントを見てしまい、ストレスを感じる、という話はよく聞きますね。
川野:はい。誰もがスマホ一つでいつでも世界中にメッセージを発信できることは魅力的ですし、人と人との出会いの機会を無限大に広げてくれました。
その一方で、世の中に対する不満や自分自身へのわだかまりを抱えた人たちの、「承認欲求のはけ口」としてSNSが使われることも少なくありません。
それを読む相手の立場になって考えることなく、ただ相手を批判し、自らの不満を吐き出すことだけを考えているかような投稿が、SNS上にはあふれていますよね。
──たしかに、ちょっとしたことでしょっちゅう炎上している印象があります。
川野:著名人にかぎらず、SNSを使っている誰もが、誹謗中傷のターゲットにされる可能性がありますね。
SNSではどうしても「自分の評価」が目につきやすいものです。
いいね!の数だったり、友だちの数、登録者数や閲覧数などが気になる程度であればいいのですが、無責任で心無い言葉に深く傷つき、心理的に追いつめられてしまう人があとを絶ちません。
「他者からどう見えるか」ばかりに気が向いてしまう
──四六時中つながっている状態だと、見たくない情報も目に入ってきてしまって、しんどくなりがちです。
川野:そうですね。「SNSをやめたいけど、友だちにどう思われるかな」「必要な情報が回ってこなくなるからやめられない」という方もいるかと思います。
こぅした「やめるにやめられない状況」はとくに、心理的に大きな負担となる可能性があります。
学校や仕事がつらいという人の中には、「行きたくないのに行かなければいけない」「仕事をやめたいけど、周りに迷惑がかかるからやめられない」という葛藤を抱えたまま、がんばり続けてしまう人が少なくありません。
八方塞がりの状態になっても、「人から変に思われたくない」「他者の期待に応えなければいけない」という思いを手放せないでいる苦しみが伝わってきます。
だからこそ、「ゲートキーパー」が必要なのです。
──ゲートキーパーですか。
川野:はい。苦しみの中にいる人を見つけたときに、ほんの一言でよいから声をかけてあげられる人がいるかどうか。
この本のタイトル、「大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした」の言葉のとおり、つらいときほど心配をかけまいと我慢して、心の内をかたくなに見せない人はとても多いのです。
つらそうな人を見つけたら、声をかけて
──しんどそうな方を見かけても、「よけいなお世話かもしれない」と思って、声をかけることを躊躇してしまいそうです。
川野:その気持ちはよくわかります。
ですが、わたしは専門家として、普段より明らかに落ち込んでいる人、様子がちょっとおかしい人を見かけたときに、声をかけることを躊躇しないでほしいと願います。
必ずしも、親友でなくてもいいと思うんです。
ある程度交流がある人が苦しそうな表情をしているとき、はっきりと「死にたい気持ちになっていませんか?」と聞くのは難しいかもしれませんが、「何か大変そうに見えるんだけど、大丈夫? 話くらいは聞くよ」と声をかけてあげられるかどうか。
その一言が、命をつなぎとめてくれたというケースは多々あるのです。
誰かに自分のつらさを知ってもらえた。気づいてもらえたということが、生きていくためのきっかけになります。
──我慢しすぎている方に目を配ることが大切ですね。
川野:そうですね。日頃からある程度親しい関係性を構築していれば、あまり深刻にならずに「最近、大丈夫?」と声をかけることができると思います。
「あれ、あの人最近なんかちょっと調子が悪そうだな」と気づいたならば、どうか勇気をもって聞いてみていただきたいです。
「ちょっとしんどそうだけど、何か手伝えることある?」などと声をかけてみたり、「この本、私はすごく癒されたから、よかったら読んでみない?」と『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』の本など、疲れた心を癒してくれるような本をそっと渡してみたりするのもいいかもしれませんね。