Z世代は意識高い系ではなく
ラディカリズムのリアリスト
――そのリアルを、本書の第1章「例外主義の終わり―『弱いアメリカ』を直視するZ世代」で詳述されています。
「例外主義(exceptionalism)」とは、アメリカの比類ないパワーや道徳性を誇り、アメリカを、諸国家を導く存在とみなす考えのことです。この観念は、しばしば独善的な対外行動となってあらわれ、アメリカと世界との関わりにおいて多くの歪みを生み出してきました。
しかし、Z世代にとって、こうした例外主義の前提となる「豊かで強いアメリカ」は、過去のものです。彼らが生きてきたこの20年間のアメリカは、人種差別や格差の是正、脆弱な社会保障など、深刻な国内問題に向き合うことなく、アフガニスタンやイラク、世界各地で軍事行動に乗り出し、多くの人命の犠牲を生みました。肥大化する軍事費は社会保障費を圧迫し、教育費も高騰を続けてきました。この世代は、上の世代が見ようとしてこなかったアメリカの「弱さ」と向き合い、変革に向けて行動しています。
日本では、Z世代というと、「意識高い系」といったイメージでメディアなどでとらえられたりしますが、アメリカのZ世代を見ていると、彼らは、悲惨な現実を直視する「リアリスト」というべきだと思います。
確かにその主張や行動は、ラディカルです。ラディカルという言葉の日本語訳としては、「過激な」「急進的な」が最初に頭に浮かぶかもしれませんが、この言葉には「根源的に」「本質的に」という意味合いもあります。アメリカの政治社会が抱える根本問題と向き合うZ世代の「ラディカリズム」は、むしろ後者の意味合いにおいて捉えるべきものだと思います。
――政治状況は複雑化していきそうですね。
本書執筆後に起きた重大事項を挙げますと、今年6月にアメリカの政治社会に大きな影響を与える判決が3つ、連邦最高裁判所で下されました。一つ目が積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を違憲とする判決、二つ目が信仰上の理由による同性カップルへのサービス提供拒否を認める判決、三つ目がバイデン政権の学生ローン返済減免を認めないとした判決です。
トランプが大統領の任期中に合計3名の保守派判事を任命したことで、合計9名の判事のうち、保守派6名、リベラル派3名という保守派絶対多数の構成に至ったことを背景とするものです。
一つ目の判決は6月29日、アメリカの大学で1960年代以降、人種差別の是正のために導入されてきた積極的差別是正措置を違憲としました。歴史的に不利益な立場に置かれてきた黒人やヒスパニック系を入試選考で優遇するこの措置は、1970年代以降、白人から逆差別との批判が高まりましたが、目的を「多様性の確保」に変えて存続してきました。しかし今回、憲法修正14条で定める「法の下での平等」に反するとの判決が下されたのです。
ことの発端は、アジア系の学生団体「公平な入学選考を求める学生たち」がハーバード大とノースカロライナ大の選抜で「アジア系が差別されている」と訴えを起こしたことにありました。この団体は自然発生的に成立したものではなく、保守活動家のエドワード・ブルムによって組織されたものでした。ブルムは、黒人やヒスパニック系より自分たちは大学の選考で優遇されていないと感じているアジア系アメリカ人を組織し、積極的差別是正措置を撤廃に追い込もうと訴訟を次々と起こしてきた人物です。
この裁判の特徴は、積極的差別是正措置の「新たな犠牲者」としてアジア系が前面に出てきたことにありました。これにより問題は、白人マジョリティ対人種的マイノリティの対立だけでなく、マイノリティ同士の対立が含まれることになりました。そしてまさに、マイノリティ間の対立を煽り、有色人コミュニティの団結を切り崩し、積極的差別是正措置を撤廃に追い込むことにブルムの狙いがあったのです。
「既にアメリカ社会は積極的差別是正措置など必要がないほどに人種平等が実現されたのだ、これからは能力主義に徹するべきだ」。判決を支持する人からはそうした声も聞こえます。世論も過半数が判決を支持しています。しかし、むしろ現実には、数十年にわたる積極的差別是正措置の歴史があっても、競争率が高い大学では黒人とヒスパニックの学生の比率は伸び悩んできました。昨今のアイビーリーグの新入生に占める黒人学生の割合は9%前後で、これは1980年とほぼ同じ割合です。
入学の公平性を阻害するとして積極的差別是正措置が批判され、ついに違憲になったわけですが、むしろその観点からもっと問題とされるべきなのは「レガシー入学」です。積極的差別是正措置の違憲判決を受け、複数の公民権団体が、「ハーバード大学等のトップ校は、富裕層の寄付者や卒業生の子弟を優先して入学させてきた。そしてその対象者の多くは白人富裕層。こうした『レガシー入学』は公民権法に反している」と、訴えたのです。この件は、後述したいと思います。
二つ目の判決は6月30日、「結婚は男女間の関係」と信じるコロラド州在住のキリスト教徒のウェブデザイナーが、同性カップルの結婚式に関する依頼を断れないのは、憲法が定める「表現の自由」の侵害だと主張したことについて、ウェブデザイナーを支持する、としたものです。
コロラド州は性的指向を理由とする差別を禁止していますが、最高裁は「表現の自由」に基づき、ウェブデザイナーに対し、信念に反するメッセージの発信を強制することはできないとしたのです。今後、事業主が「表現の自由」を理由に、性的少数者へのサービスの提供を拒否するケースが多発していくのではないかとも懸念されます。
三つ目の判決は6月30日、バイデン政権が昨年発表した中低所得層を対象とする学生ローン返済免除は、法律が定める行政府の権限を超えているとして、その効力を認めないという内容でした。この判決の影響をこうむる人は4000万人超に及びます。バイデン政権の看板政策の一つで、政治的にも大きな打撃です。