女性の後ろ姿写真はイメージです Photo:PIXTA

日本語を母語としない作家として初めて芥川賞を受賞した、中国人の楊逸(ヤンイー)さん。中国の“フツーの人たち”が引き起こす、日本人には想像もつかないような荒唐無稽な事件を厳選して紹介します。求人広告の「愛人」に応募した女子大生の肖雲彩(ショウウンサイ)。審査が進み、男からの要求も次第にエスカレートしていきます。ある日「裸の写真を送って」と言われ……。

※本稿は、楊 逸『中国仰天事件簿―欲望止まず やがて哀しき中国人』(ワック出版)の一部を抜粋・編集したものです。他の事件にも興味のある方は是非、単行本をお読み下さい。

>>前編から読む

「君のヌード写真を送って」と言われて肖は……

 携帯通話ができるお陰でやがて二人は頻繁に連絡するようになった。出張していても昼間は会議しながら張社長は、携帯メッセージでチャットし、夜はホテルからネットの「qq」でトークし続ける。

「きみの洞察力はすごいね」だの「なんと聡明な人なんだ」だの「私が欲している愛人はまさにきみのような人なんだよ」だのと褒められて、肖はふわふわして夢心地になっていく。

 仕事や夢についての話題はそのうち身の上話になり、やがて彼女のプライベートあるいは男女関係にも移っていった。

 気付けば5月も終わりに近づいた。張社長は「もうこれ以上ほかの候補者と話すのは無駄だから、愛人をきみに決めようと思うんだ。ただ関係を確立させる前に、俺のちょっとした個人的な嗜好を満足してくれるかな?」と訊ねた。

「もちろんです。どんな嗜好ですか?」
「ちょっと言いにくい俺の癖なんだよね。もしいやだったら断っても良いぞ」
「何でも言ってください」
「実は、俺は女性のボディサイズをすごく気にする方でね」
「はい、どうやって見せればいいんですか?」

 肖は一瞬ためらった。だがすぐに「今引き下がったらここまでの努力が水の泡になってしまう」と思いなおした。

「写真に撮って送ってくれるか」

書影『中国仰天事件簿―欲望止まず やがて哀しき中国人』(ワック出版)楊逸『中国仰天事件簿―欲望止まず やがて哀しき中国人』(ワック出版)。書籍では、中国で実際に起こった驚きの事件を12件紹介しています。

 仕方なく肝心の部分を隠したうえ、バスト、ウェスト、ヒップを別々に撮った写真を送ることに。自分の顔が映っていない分、万が一写真が流出しても大して問題にはならないだろうと、一応気をつけてはいた。

「俺が想像したのとほぼ合っている。これで宜しい」という張社長の返信が届いて、肖は安心した。

 だが翌晩になって、張社長はまたメッセージを送ってきた。

「あのさ、夕べきみの写真を見てからずっともやもやしてるんだ。写真に映ったボディがほんとにきみかどうか? ネットからダウンロードしたものじゃないとも限らないだろう? どれも部分しか映っていないから、きみだと証明してもらわなきゃね」

 そうと聞いてさすがに肖も不機嫌になって「私は、自分の全裸写真を簡単に人に送るような女じゃないです」と返した。

「じゃあ自動的に棄権ってことだね。これできみの審査は終了して良いね?」

 手に入りかけた「愛人職」。並みはずれた高収入。シンデレラ暮らし。これまで見た美しい夢のすべてが途端に遠ざかって消えそうになる。肖は慌てた。少しだけためらった後、張社長に「送らせていただきます」と返信した。

 果たして肖の全身ヌード写真が届き、張社長は甚だ喜んだようで、「大連出張が終わり次第、重慶に飛んできみに会いに行く。俺たちの関係を確立しよう」と返信してくれた。肖は夢見ごこちになった。

ヌード写真を送ってから張社長の態度が急変

 数日後、張社長が乗るというフライト情報が届いた肖は、きれいに化粧し着飾って重慶江北空港に向かった。夜9時すぎにフライトが到着し、出口のところで待っていた彼女は、出てくる乗客を真剣に逐一チェックしたが、張社長らしき人物は一向に現れなかった。

 昼間通じていた電話もオフになったまま、つながる気配すらない。

 空港に向かう途中渋滞に遭ってフライトに間に合わなかったのか、あるいは大連のプロジェクトに突然何か問題でも起きて足止めされたのか。彼女はあれこれ思案して、張社長が現れない理由を考えて、空港のロビーで一夜を明かした。

 疲弊してアパートに戻っても休むことなく、パソコンを立ち上げ、張社長の「qq」をチェックすると、いうまでもなく「オフ」だった。肖は「心配しています」「至急連絡ください」などメッセージをいくつも書き込んだ。

 丸2日経った。張社長は「qq」に現れた。オンにしたなり、彼はキレた様子で怒り散らした。

「くそっ、重慶の旅はひどいったらありゃしない」
「重慶に来た?」
「行ったさ。重慶に行ったのに迎えに来たきみに会えなかったし、空港で俺を待ったきみも俺に会えなかった」

 訳を詳しく訊けば、「大連で買った骨董品がセキュリティに引っかかって、一晩拘留されちゃって。電話しようにも携帯が電池切れで、散々だった。仕方なく翌日拘留が解かれて、そのまま青島行きのチケットを買い、帰ったのだ」という。

「骨董品が没収されなかっただけでも幸いなので、私のことはあまり気にしないで下さい」と、肖は優しく張社長を慰めた。二人の関係は何も起きなかったかのようにまた続くことに。

 それからというもの、張社長の態度はどこか冷めたようで、以前ほど自分に関心を持たなくなり、数日も連絡が取れないことが何度かあった。

 肖はまた不安になった。愛人になれば月10万元(200万円)のお小遣いが入るし、働かなくてもシンデレラのように華やかで贅沢に暮らせると思い描きつつ、これまで、張社長に喜ばれようと一心で頑張ってきた。就活はおろかバイトもせず、収入ゼロで、生活は未だに田舎の両親が送ってくれる少額のお金に頼っている。

 娘が一生懸命に就活していると思いこんでいる両親は、この頃なお心配して、頻繁に電話しては「就職は?」と訊いてくる。それに鄭から借りた家賃も抱えているし、またこうも話が長引くのは、ほかに愛人職競争者が現れたのかもしれないし……。早く愛人に採用されなければ、どんどん窮地に陥(おちい)ってしまう。

 自分から出撃するしかないと、肖は意を決し、勇気を振り絞って張に電話した。――「一体いつになったら私に『身分』を与えてくださるの?」と。

「今時の女は、誰もが金目当てで俺の愛人になろうとしているんだから。俺はもう破産して無一文の身になった。愛人の話はもうなかったことにしてくれ」

 そう言っている張社長の声は、以前と変わらない覇気があって、無一文男に堕落した様子など少しも感じさせない。肖は信用せず、逆に「きっと私を試そうとしているのだ」と思った。

「私は違います。金目当てなんかじゃなくて、ほんとにあなたを愛しちゃいました」
「無一文の俺でも?」
「もちろん、いつまでもずっと愛し続けます」
「ほんとかい? 俺は今、急用で818元(約1万6000円)が必要なんだけど」