今年92歳になった作家の曽野綾子さんが111カ国を巡って気付いたことをつづったエッセイ『今日も、私は生きている。 世界を巡って気づいた生きること、死ぬことの意味』(ポプラ社刊行)から、海外で通用しない日本の美徳と、日本人の考え方が孤立していると感じた中国とアラブ諸国での出来事を紹介します。
中国語でバカって何て言うんですか?
どこから始めてもいいのだけれど、私は日本人は自由世界の中ではかなりの建前人種のような気がしている。もっとも中国人のような超弩(ど)級の建前人種もいるが、これは思想的不自由の中で身を守るためだから、普通の比較はできない。
小さな体験を挙げれば、日中国交回復後の1975年に中国へ初めて行った。
私は他に人のいない時、中国人の通訳さんに笑いながら「中国語で、バカって何て言うんですか」と訊(き)いたことがあった。すると、その通訳さんは「中国には、そのような人を悪く言う言葉はありません」と答えたのである。
そこに欠けているのは当然のことながら、現実の正視とユーモアの精神である。「バカ」という言葉は多分、ほんとうに知能の低い人に向かっては言わない言葉なのではないか、と思う。「あの人バカ」と言う時、その言葉の中には、当然向こうも自分のことを同じように「バカ」と思っているだろうな、という予感もある。何せ世の中はすべて五十歩百歩なのだから。