やりたいことが見つからない、どうすれば自分に合う仕事が見つけられるのか、いいキャリアを作っていきたい……。就職や転職について、あるいはキャリアづくりについて、悩みを抱える若い人は昔も今も少なくない。
そんな若者たちに向け、一度しかない人生を輝かせるノウハウを明らかにしてベストセラーになっているのが、『苦しかったときの話をしようか──ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』だ。著者は、P&Gを経てUSJをV字回復させたことで脚光を浴びたマーケター、現在は起業して株式会社刀を率いる森岡毅氏。全世代から支持を集めている、そのエッセンスとは?(文/上阪徹)

USJ復活の立役者・森岡毅

「違い」「不平等」はチャンスだ

 キャリアについて書かれた本は数多くあるが、実際にビジネスマンとして活躍してきた親が、自分の子どものために書いたというのが、本書だ。しかも、著者はP&Gで米国本社勤務も経験、転じたUSJで窮地の状態からV字回復させた立役者として知られた森岡毅氏。現在は起業し、戦略家・マーケターとしてマーケティング戦略集団「刀」を率いている。

 仕事で大きな結果を出した著者による、まさに「働くことの本質」が描かれた一冊は、若い人から親世代にまで支持され、40万部を超えるベストセラーになっている。

 社会に出てから「世の中って、本当はこうだったのか」と知ったという人は少なくないだろう。それは、学校では教えてくれないことだ。社会人になろうとする自分の娘に、自分がもっと早く知っておきたかったと思う、この世界の本質について、まずは第2章で社会、資本主義、収入などさまざまな角度から語っている。

 予め断っておくが、今から話すことは、私が実体験の中から暫定的に正しかろうと考えている私自身の現在のパースペクティブにすぎない。それなりの根拠や確信もあって集積してきた知見を伝えるつもりだが、他人とのすり合わせや客観的検証などに担保されていない。あくまでも、私がそう世界を捉えているということだ。(P.50)

 この文章を書いている私は、書き手として3000人以上の人々に取材してきた。著者はこう書いているが、私は大いに共感する。とりわけ「そもそも人間は平等ではない」という話から展開が始まったことに驚いた。

 私には多くの取材から人生がうまくいくエッセンスなのではないかと思えるものを抽出してまとめた『成功者3000人の言葉』という著書があるが、まさにその冒頭で同じことを書いているのである。

 著者はこう記す。

「人間は、みんな同じ、平等」だと、小学校から聞いてきたと思う。しかし私が見てきた世界の真実は、明らかに真逆にできている。「人間は、みんな違って、極めて不平等」なのだ。(P.52)

 外見も違えば、身体的能力も、知力も違う。だが、中でも大きな格差を生むのが知力の違いだと著者は書く。「経済格差は、原因ではなく、知力の格差がもたらした結果に過ぎない」とも。

 だが、ここにこそワクワクがあるとも語る。「自分のユニークな特徴さえ認識できれば、一人一人が特別な価値を生む可能性がある」からだ。他の誰でもない自分になればいい、ということなのである。

日本人のシビアな現実を直視せよ

 第3章では、外資系企業で働き、アメリカでも仕事を経験してきた著者が、日本のシビアな本当の話について語っている。

 一昔前は世界経済で圧倒的だった日本は、今では一人当たりGNPでとっくにシンガポールに大きく抜かれている。日本のサラリーマンのかつての夢だった年収1千万円でも、今は楽には暮らせない時代になった。日本の経済力が相対的に約半分に低下しているからだ。(P.144)

「今の年収1千万円の暮らしは、昔の世帯年収だった年収5百万円の暮らしに近く、昔の1千万円の暮らしをするには今では2千万円くらい稼がないといけない」と著者は続ける。インバウンドで大量の外国人旅行客が日本に押し寄せているニュースをたびたび目にするが、それは日本があまりにも貧しくなってしまったからだ。日本の国力が相対的に落ちてしまった結果なのである。そして、こうも書く。

 君たちの世代には全く罪はないので申し訳ないことだが、この30年で日本がどれだけ貧しくなったか想像してほしい。そしてこの先はどうなるか? このまま日本人がボンヤリしたまま、“ワークライフバランス”とか寝ぼけたことを言っているとますます落ちるだろう。Work is an important part of your lifeではないのか? 二者択一でバランスをとってどうする! もともと資源にも恵まれていない小さな島国が1億2千万人も食べさせないといけないのに、ライフのために必死に働かなくてどうする?(P.144-145)

 これもまた、グローバルな仕事の世界でしのぎを削ってきた人たちから見れば、リアルな見え方なのだろう。もちろん心地良く働ける環境を整えることも大事だ。しかし、それによって競争に負けてしまい、会社がつぶれてしまったりしたら本末転倒ではないか。

“勤勉さ”こそが日本人の最大必須の強みなのに、猛烈に働かなくてどうするのだ? 豊かな暮らしがしたいなら、最低でもアメリカ人よりも倍くらいは必死に働かないとまずい。そんなことは世界地図を見たら直感的にわかるだろう。世界は繋がった競争社会だ。日本人がのんびりすることで得をするのは日本人ではない。(P.145)

 だが、昭和のようなやり方をしてもうまくはいかない。時代も、周囲も変わっているからだ。古い意識と社会システムから抜け出せなかった平成のやり方も違う。だからこそ、「戦略的に準備して、精力的に戦う」ことを著者は唱えるのだ。

「苦しいとき」ほど想い出すべきこと

 そして世の中の本当の話で最も衝撃的なのは、第5章の著者が実体験してきたエピソードだろう。まさにタイトルにもなっている、「苦しかったときの話」が驚くほど具体的に綴られているのだ。

 P&G、さらにはUSJ、そして起業と、著者の仕事キャリアは順風満帆に見えるが、実は本人にはそうは映っていない。

 強烈なプレッシャーは、実は社会人早々に経験している。2年目の夏には、物理的に電話が取れなくなってしまった。半分病んでいたのかもしれない、と著者は書く。人生で初めての事態だった。詳しくは本書にあるが、眠れない日々が続く中、自分の仕事スタイルを大転換させることになる。そして、娘にはこうアドバイスする。

 社会人デビューとは何か? それまでの集団でそれなりにできていた自分が、新しい集団の中では一番できない人間になること、とでも言えるのではないだろうか。心の準備と覚悟がいるのは、そのギャップが巻き起こす衝撃と不安と苦しさに対してではなかろうか。(P.225)

 そして、「むしろ雑草育ちの私よりも、高偏差値の学校を勝ち抜いて来た学業秀才の人であればあるほどギャップは大きいだろう」と加える。トレーニングが人材育成に定評があった当時のP&Gでさえ、少なくない数の新人が「できない自分」を乗り越えられずに潰れていったのだ、と。これもまた、世の中の本当の話である。

 だから、「潰れないためには、最初から肩の力を抜いて、最後尾からスタートする自分を予めイメージして受け入れておくべきだ」と記す。

 同じ章では、P&G時代、ブランドマネージャーとして「誰も信じていないのに絶望的な結果を見るまで誰も止めることができない」ヤバイ案件のエピソードが続く。地獄、破談、早く死ね!、大惨禍、お詫び、最悪、惨めといった言葉が並ぶ衝撃的なストーリーだ。しかし、これも世の中の本当の話。そしてここから得難い学びを得たと語る。

 そして最も驚かされたのは、次に続くアメリカ赴任時代のエピソードだ。長く社会人を過ごし、多くの人に取材した私でさえ、「ここまでの世界があるのか」と感じた。しかし、それも娘のために書き記すのである。

 これからする私の話も、珍しいケースではない。プロが本気で競争している最前線ではどこの世界にも普通にあると思っていた方がいい。プロの世界で最初から友情や親切を期待するのは単なる「お人よし」であり、淘汰される「負けのマインド」であることを覚えていておいて欲しい。プロの世界とは生存競争の最前線である。(P.245)

 衝撃のエピソードはぜひ一読をお勧めする。しかし、こんな本当の世の中があることを最初にわかっていれば、社会人人生は違うものになるのかもしれない。

 しかし、「きっと何とかなる」ことを覚えておいてほしい。私だけではない。一人一人が似たり寄ったりの苦しさと向き合って、それでもなんとか生きてきたことを、そしてたいていの人がハッピーになれたことを忘れてはいけない。苦しいときほどそのことを忘れてしまうから、そういうときにこそ想い出して欲しい。(P.215)

 苦しかったときの話は、そのためにあったのだ。

(本記事は『苦しかったときの話をしようか──ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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