やりたいことが見つからない、どうすれば自分に合う仕事が見つけられるのか、いいキャリアを作っていきたい……。就職や転職について、あるいはキャリアづくりについて、悩みを抱える若い人は昔も今も少なくない。
そんな若者たちに向け、一度しかない人生を輝かせるノウハウを明らかにしてベストセラーになっているのが、『苦しかったときの話をしようか──ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』だ。著者は、P&Gを経てUSJをV字回復させたことで脚光を浴びたマーケター、現在は起業して株式会社刀を率いる森岡毅氏。全世代から支持を集めている、そのエッセンスとは?(文/上阪徹)

USJ復活の立役者・森岡毅

娘の「将来の悩み」に親はどうアドバイスするか?

 キャリアについて書かれた本は数多くあるが、実際にビジネスマンとして活躍してきた親が、自分の子どものために書いたというのが、本書だ。しかも、著者はP&Gで米国本社勤務も経験、転じたUSJで窮地の状態からV字回復させた立役者として知られた森岡毅氏。現在は起業し、戦略家・マーケターとしてマーケティング戦略集団「刀」を率いている。

 仕事で大きな結果を出した著者による、まさに「働くことの本質」が描かれた一冊は、若い人から親世代にまで支持され、40万部を超えるベストセラーになっている。

 本書の制作のきっかけは、「はじめに」に詳しく書かれている。大学2年生になった娘に将来はどんな仕事がしたいのか、尋ねてみたのだ。娘は困った表情をして何も言わなかった。そして長い沈黙の後、「何がしたいのか、よくわからない……」という言葉が聞こえてきた、というのである。

 これは同じく年頃の娘を持つ私もそうだが、父親としてはなんとかしてやりたいのだ。それであれやこれやと聞こう、話そうとするわけだが、そうそううまくはいかない。伝えたいことがあるが、うまく伝えられない。そこで、著者は考えたのである。

 答えは一人一人が自分で出さねばならないが、自分の将来や仕事のことを考える際の「考え方(フレームワーク)」は知っておいた方が良いのは間違いない。言うなれば、子どもたちがキャリアの判断に困ったときに役に立つ『虎の巻』をつくろうと思ったのだ。(P.5)

 丸1年にわたって筆を入れ続けた『虎の巻』は、かなりの分量になっていた。そんなとき、本書の編集者が事務所に訪ねてきた。

 新作の催促だったが、まだ1行も書けていなかった。苦し紛れに取り出した『虎の巻』を、編集者は読み始める。次第にその眼は真剣になり、原稿に釘付けとなった。

「子どもの成功」を願う父親が本当に伝えたかったこと

 席を外していた著者がしばらくして戻ると、驚くような状況になっていた。日頃は感情をほとんど顔に出さない編集者が、目を真っ赤にしながら唸っていたのだ。そしてこう言った。

「森岡家の家宝にしておくだけではもったいない原稿です。これは世に出すべきです! 森岡さんの子どもたちだけでなく、就活に臨む若い世代、いや、キャリアに悩むすべての人に役立つ本質的な書籍になります!」(P.7)

 こうして『虎の巻』は世に出ることになった。

 この文章を書いている私は、長くリクルートの採用広告の仕事に携わっていた。多くの企業の採用に関わり、キャリアづくりについての関連記事などもたくさん書いてきた。それだけに本書の特徴がよくわかる。

 何より「当事者」としての圧倒的なリアリティだ。そして「リアリティを可能な限り大切にするためにほぼそのまま残すことにした」と著者は書く。

 修正して取り繕った「よそ行き」のキャリア論にしてしまうと、伝わる力が弱くなってしまうと思ったからだ。学者でもなく、評論家でもなく、マーケターでもなく、私は父親としてそれらの原稿を書いた。ビジネスの最前線で生きてきた実務家としての私ならではの視点を、子どもの成功を願う父親の執念で書き出したのだ。(P.8)

 そして、やりたいことの見つけ方から、資本主義の本質とは何か、年収を決める法則、自分の強みをどう知るか、会社の将来性を見極めるコツ、マーケティングメソッドを使った「My Brand」の設計、さらには面接で緊張しなくなる方法など、多岐にわたる内容が展開されていく。

 我が子の人生の成功、仕事で充実した日々を過ごす姿を望まない親などいないだろう。あれも知っておいてほしい、これも知っておいてほしい、という気持ちに溢れているはずだ。

 本書を読みながらひしひしと感じるのは、まさにそんな親としての愛情である。それが圧倒的なリアリティで伝えられるからこそ、強い迫力を生むのだ。だから、読んだ人の心に届くのだ。

“残酷な世界”を生きるための「大きな希望」

 そしてもう一つ、著者が大事にしたことがある。

 それはできるだけ“本質的”であろうとするアプローチだ。現実を見極め、正しい選択をすることで、人は目的に近づくことができる。そのために重要なのは、さまざまな現実を生み出している“構造”を明らかにすることだ。(P.8)

 本質的であろうとするアプローチで構造に真正面から向き合うとき、そこには残酷さもまた現れることになる。「キャリアにまつわる世界も、“構造”によって生み出された“残酷な真実”に満ちている」と著者は書く。「この世界は、創った神様にとっては極めてシンプルな“平等の精神”に根差しているのだが、その結果の偏りは一人一人にとっては極めて“不平等”になるのだ」と。

 著者が描こうとしたのは、そうした厳しい現実も含めた本当のキャリアの世界なのだ。したがって、きれいごとは語られない。実際、驚くほどうまくキャリアを歩んでいく人もいれば、残念なキャリアを積んでしまう人もいる。そこに運というものが大きく左右することは否めない。

 そんな“残酷な世界”と向き合って、自分はどうやって生きていくのか? キャリアとは、その質問に対する一人一人の答えなのだ。本書で説いているのは、「神様のサイコロで決まった“もって生まれたもの”を、どうやってよりよく知り、どうやって最大限に活かし、どうやってそれぞれの目的を達成するのか?」ということに他ならない。(P.9)

 そのために「己の“特徴”を知ること、特徴を強みとして発揮できる“文脈”を見つけること、そして“強み”を徹底的に伸ばすこと」の重要さを著者は強調する。それを自分の子どもたちに理解させるために具体的に解説したのが、本書なのだ。

 ただ、残酷な世界でありながらも、そこにはしっかりと希望もある。持って生まれたものを嘆いているだけでは、まったく前には進めない。そして、そのことに気づいた人がキャリアを成功させていくのかもしれない。

 では、希望とは何か? 最大の希望は、「それでも選べる」ということだ。どのような特徴を持って生まれてきたとしても、人生の目的も、それに向かう道筋も、自分の人生をコントロールする“選択肢”を握っているのは実は自分自身しかいない。そのことに一人でも多く人に気づいて欲しいと私は切に願っている。(P.10)

 ある取材で、豊かさとは選択ができること、と語っていた人がいた。一つしか選びようがない人生は、たしかに苦しい。しかし、現代の日本はどうだろうか。本当は、選択肢に溢れているのではないか。

「実は“選べた”のに、今からでも“選べる”のに、多くの人はそれでも選択しない」と著者は書く。それがいかにもったいないことか、本書を読めば見えてくる。

(本記事は『苦しかったときの話をしようか──ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。